「保育園のM&A」活発化の裏にある"心配な事情" 「待機児童の減少」が引き起こす意外な事態

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急ピッチに保育園が作られたことで保育士不足に拍車がかかり、人材育成も追いつかないなど、保育の質の低下を心配する声があるなかで、保育業界は新たな局面を迎えている。ここにきて待機児童が減り始め、出生数が急速に減少するなど需要と供給のバランスが崩れ始める中、保育事業からの撤退が始まったのだ。保育業界ではかつて考えられなかったM&A(企業の買収・合併)も活発化している。

大手各社はM&Aを行う経営方針を打ち出しており、最近では保育大手で「グローバルキッズ」保育園など188カ所を展開するグローバルキッズCOMPANYが2023年7月、同社がグループで運営する大阪市にある認可保育園5カ所を社会福祉法人に譲渡すると公表。続く8月には東京都が独自に認める「認証保育園」6カ所を他社に譲渡すると公表した。

同社は事業譲渡についてプレスリリースし、その理由を「保育需要の見込みを見極め、運営上の収支も検証した結果、首都圏で中長期的に堅調な運営(収支)が見込まれる保育所等に経営資源を集中する」としている。

こうした保育園のM&Aは、数年前から起こり始めている。ある保育運営会社大手の幹部は「毎日のように保育園を買わないかという営業の連絡がくる」と話す。ある地方の社会福祉法人には「保育園を売らないか」と営業の電話が連日かかってくるという。

不採算部門からの撤退は、一般の企業にとっては当然のこと。しかし、保育の世界でM&Aが起こるとは多くの業界関係者にとって想定外の出来事で、現場が混乱しているケースは少なくない。

保育士の人員体制は変わらずギリギリ

M&Aによって運営会社が変わった保育園のある園長は、こう話す。

「以前の経営者は現場に必要な経費を入れてくれず、園長である私が自腹を切って玩具や消耗品を揃えていました。人員配置にまったく余裕がなく、保育士が研修に出ることもできない状態で、長時間労働が恒常化していました。

M&Aで経営者が変わって改善されると期待しましたが、残念ながら保育士の人員体制は変わらずギリギリ。保育園が定員割れすれば現場の責任が問われ、賞与の査定を下げると言われました。良い保育ができるよう現場は善意で頑張っていますが、それも限界で次々に保育士が辞めていきます」

他のM&Aで保育園が譲渡されたケースでは、継続して同じ保育園で働く場合は園長職でさえ契約社員になるという労働条件の切り下げを提案されたため、園長をはじめ保育士の多くが退職したという。

保育を得意とするある経営コンサルタントは「待機児童が減るということは、ビジネスとしては先行きが見えなくなったことを意味します。売却益が出るうちに売り逃げしたい経営者が日々、相談にやってくる」と明かす。

筆者のこれまでの取材や調査から、“保育は儲かる”といわんばかりに参入した事業者は保育士の賃金を低く抑え、配置基準ギリギリでしか雇わないことで人件費を削減。経営者だけが多額の報酬を得るケースが散見された。経営者が運営費の私的流用を行っている実態もあり、これまで行政による監査でいくつもの会計不正が見つかっている。

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