WBCが提示した野球の魅力、世界への浸透に光 第6回大会に向けてメディアが果たすべき役割

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さらに、ヌートバーが1番打者として粘り強く出塁するようになると、その活躍とともにヌートバーの母(久美子さん)への注目度も高まりを見せる。決勝戦が終わった後は、現地で観戦していた久美子さんがキー局のテレビ番組に相次いで出演し、各報道機関が取材を依頼するなど、息子に劣らぬ注目を集めた。

もちろん、一人の選手の来歴を知ることは、その選手をよりよく理解するために重要である。とはいえ、選手の背景や家族の話題を知らずとも、観戦するうえで何の支障もない。

また、副次的な話題に注目するのは、本来伝えるべき事項に割くべき時間を奪うだけでなく、伝える側にスポーツ中継に必要な知識や情報が不足していることを示唆する。

例えば日本においては捕手が配球を組み立てるのに対し、投手が主導権を握るのが米国であるという事実に十分な注意が払われていれば、大谷翔平やダルビッシュ有といったMLBで活躍する投手の、投球の内容の違いに注目した報道もあっただろう。

現在のプロ野球(NPB)の前身である日本職業野球連盟が1936年の結成時に制定した綱領に「我が連盟は日本野球の健全且つ飛躍的発展を期し以て世界選手権の獲得を期す」と、MLBのワールド・シリーズを制覇した球団と日本職業野球連盟の優勝球団の対戦を念頭に置いた一文が記されている。もしこの綱領を知っていたなら、先人の悲願が87年の時を経て実現したことの意味は、より一層強調されただろう。

同様のことは他国の選手の報じ方にも言えることである。チェコ代表が兼業選手を中心としているという点が強調され、「消防士が投手」「高校の教員がセンターを守る」といった話題が前面に出されることは、野球の持つ多様な側面を伝え、チェコの野球への理解を促しはするものの、競技の内容そのものとは無関係である。

その意味で、今大会の報道は、副次的な話題と競技そのものの取り上げ方をいかに釣り合わせるかという点に改善の余地があったと言える。

3.WBCの優勝が日本の野球に与える影響

近年、日本の野球界を取り巻く環境は厳しさを増している。プロ野球に限れば、テレビのキー局における中継の視聴率低下は、かつて日常的であった「夜は野球中継」という光景を一変させた。また、アマチュア球界では競技人口の減少が深刻な問題となっている。こうしたなかで今大会に優勝したことは、日本の野球に大きな影響を与える。

テレビ中継の視聴率の低下や野球の競技人口の減少は、90年代初頭までの「スポーツといえば野球」という状況が、われわれの趣味や多様な競技の普及によって変化したことを意味し、スポーツ文化の面では好ましい現象である。

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