民主主義からますます遠ざかる「タイ式」民主主義 混迷深めるタイの首相指名と民主主義阻止の動き
今回ピタ―氏の首相就任を拒んだのは、その上院と選挙管理委員会、憲法裁だった。拒んだ名目とされたメディア株保有について、過去4年の下院議員任期中は選管も憲法裁も問題にしていなかったのに首相指名選挙になって持ち出したこと、当該企業はすでに営業しておらず、メディアとしての実態がないことなどを考えあわせると、同氏が権力に近づいたからこその妨害であることは否定しえない。
選挙によって示された民意を尊重するのか、王党派や軍が手段を選ばず既得権にしがみつくのか。今回の首相選びほどタイの民主主義が鮮明に試される機会はなかった。これまで王党派が掲げてきた選挙軽視の大儀が大きく損なわれているからだ。
プアタイなどのタクシン派政党もこれまで「民主主義」を掲げて王党派や軍と対峙してきた。しかし国民は両者の争いをタクシン派対反タクシン派と捉えてはいても、民主派対既得権層の対立と見ていたとは必ずしも言えない。
タクシン氏は政権の座にあった時、批判的メディアに圧力をかけ、露骨に排除した。武装勢力との紛争が続く南部3県で強硬な作戦を展開した。タクシン氏自身も汚職で訴追され、タクシン政権を担った多くの閣僚らは王党派や親軍政党に鞍替えしたり、出戻りしたりしていた。
タクシン派の「民主主義」は選挙の方便ではないかとみる人、法の支配や基本的人権、少数派の利益といった民主主義の理念からは遠い政党と感じる人は多かった。
大義を失った王党派
王党派はこれまでタクシン派の「汚職」を批判し、選挙で強いのは「金をばらまくからだ」と公然と批判してきた。「貧しい連中は選挙で買収される。選挙で選ぶより徳のある人が政治をするべきだ」と露骨に唱えてきた。
ところが、今回の選挙で前進党が金をばらまいたという話は聞こえてこない。42歳のピター氏を始め当選者の年齢は若く、幹部はほとんど40歳代以下だ。これまで政権に就いていないから汚職もない。腐敗するには若すぎるのだ。支持者はさらには若い。子どもが親を説得して前進党への投票を促すといった例が多かったという。
王党派は選挙結果や民主的手続きを認めない最大の根拠を失った。
選挙で選ばれたタクシン派政権をクーデターで追放する際、王党派は「汚職」「金のばらまき」と並んで「不敬」を正当化の理由にあげてきた。
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