民主主義からますます遠ざかる「タイ式」民主主義 混迷深めるタイの首相指名と民主主義阻止の動き

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さらに、これまでは首相指名選挙には何度でも立候補できるとされてきたが、与党議員らが議会運営規則にある「一事不再議の原則」に反すると主張し、二度目の立候補を認めない動議を提出、賛成多数で可決され、ピター氏の首相選任はなくなった。

バンコクの民主記念塔周辺には前進党の支持者らが集まり、抗議デモを開始。一部の上院議員や与党の下院議員は投票後、デモを警戒して国会議事堂裏のチャオプラヤ川の桟橋からボートで立ち去ったほどだった。

前進党はピター氏の首相就任をあきらめ、第2党のプアタイから首相候補を出すことを了承し、8党の野党連合は当面維持された。

次回の投票は7月27日とされたが、独立機関のオンブズマン事務局が、ピター氏の立候補を阻んだ国会の手続きは憲法違反の疑いがあるとして憲法裁に判断を仰いだことで延期となった。プアタイと与党などとの話し合いも決着せず、情勢は混沌としている。

矛盾を超越した前国王のカリスマ

王制と民主制はそもそも相克する政治体制だ。タイでは1932年の立憲革命で絶対王政から立憲君主制となり、国王の政治権力はいったん大幅に低下した。ところが1946年に即位したプミポン前国王は全国を行脚し、国民と直接接して敬愛を集めた。

共産主義勢力と対峙していた軍の支えもあり、国王の影響力、王室の権威は徐々に高まった。前国王は1973年、民主化運動に走った学生らの立場に寄り添ったり、その後のクーデターで裁定を下したりすることで政治的な最終決定者となった。

タイでは頻繁に憲法が改正されてきたが、主権については「全タイ人に属する。元首である国王は憲法の規定に基づき国会、内閣および裁判所を通じてその主権を行使する」(3条)と表現され、近年変化はみられない。主権はとどのつまり国民にあるのか、国王にあるのか、すっきりしない。そのあいまいさや、民主主義と王制の矛盾を超越する存在として前国王のカリスマがあった。

前国王の病状が深刻化していた2014年、政情の混乱や既得権の揺らぎを危惧する軍がクーデターを強行し、タクシン元首相の妹インラック氏が首班を務める政権を崩壊させた。王室の代替わりという国家の一大事をタクシン派政権に仕切らせるわけにはいかないとの判断があったのだろう。

タクシン派は、少額で医療を受けられる制度の導入や農民の債務免除、最低賃金の大幅上げなどの政策を推進して都市貧困層や農村部で強固な地盤を築いた。21世紀以降の選挙で連戦連勝するタクシン派に対して、選挙で勝ち目のない王党派は軍のクーデターか、首相を解任したり、政党を解党したりという裁判所の強引な介入で政権を奪取してきた。

前国王が2016年に亡くなり、現在のワチラロンコン国王が即位する前後の5年間、軍は政権を手放さなかった。その間に250人の上院議員を任命し、首相選挙の選挙権を与えた。憲法裁や選挙管理委員会には息のかかった人材を送り込んだ。

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