狩猟採集社会における「偉そうな奴」の悲惨な末路 「集団的利益」対「個人の利益」という綱引き

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このように考えるのではなく、ヒトの社会における権力分散を大規模な綱引きとして考えるのが最も理にかなっているというのが私の見解だ。

綱の一端には個人が他者を支配したいという衝動がある(これは大なり小なりすべての人に存在する)。才能や技能、能力、あるいは幸運な状況を利用して、ほかの人々より少しだけ高い地位を手に入れたいという衝動だ。

綱の反対側で引っ張るのは、要約すれば他者の集団的利益の力である。綱引きの例にもれず、たいていはどちらか一方の側が優勢になる。

一部の社会や、歴史上の一時期には、「集団的利益」チームが優勢のように見えることもあるだろうが、時期によっては「個人の利益」チームのほうが強く引いているように見えることもある。そのとき、エリート(専制君主、皇帝、独裁者)の小さな派閥が、はるかに大きな集団を征服し、厳しく支配するのだ。

ヒトの社会の2つの重要な原理

この綱引きのたとえは、2つの重要な原理を示している。

1つ目は、ヒトはもともと権力の追求や保持に反対しているわけではない点。実際、ほとんどの人は地位や富を気にするし、なかには社会を支配することによって得られる機会から大きな恩恵を受ける人もいる。

そして2つ目の原則は、社会における権力の不在は欠落ではなく、機会を逸した結果でもないし、誰も得ようとしなかったからそうなったわけでもない点だ。

権力の空白は、絶えず緊張状態が続いた結果であり、多数の人が少数の人に対抗しようとする努力を通じて能動的に維持されるものである。

(翻訳:藤原多伽夫)

ニコラ・ライハニ 進化生物学者

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Nichola Raihani

英国王立協会の大学研究フェローで、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの進化論・行動学の教授。同大学の社会進化・行動研究所のリーダーも務める。人間を含めた生物の社会的行動の進化が専門。科学誌に70以上の論文を寄稿し、その研究成果に対して2018年度フィリップ・リーバーヒューム賞(心理学部門)が授けられた。2018年には英国王立生物学会のフェローに選出される。本書が初の著書。詳しい研究内容については以下を参照。www.seb-lab.org

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