それで稲盛さんに、「固定が長男で、携帯が次男といった感じでしょうか」と進言したのです。ところが稲盛さんはニヤリと笑って、「千本くん、逆だよ。長男は携帯で、固定が次男だ」と答えたのです。
この言葉に、当初私は納得がいかないものを感じていました。
携帯電話の有望性は理解できるものの、その新規性が固定電話の安定性を上まわることは可能だろうか、かりに可能だとしても、それが実現するのはかなり先のことだろうと考えていたからです。
しかし、現実は稲盛さんが予言した以上の事態にまで進展しました。
携帯電話はいまや必須のツールとして国民にあまねくいきわたっている一方、固定電話は減少の一途をたどっています。そこまで先が見通せていたのは私ではなく、稲盛さんのほうでした。
料金ばかりでなく、その手頃なサイズ、普及のスピードにいたるまで、稲盛さんにはかなり明確に見えていました。携帯電話という新しい製品が秘めた無限の可能性を的確にとらえていたのです。
のちに、なぜ携帯が長男だとわかったかという質問を私がしたとき、稲盛さんは「半導体の技術革新のスピードをものさしにしたら、だいたいわかる」といった意味のことを答えられました。
精神主義だけが稲盛経営の本質ではない
京セラが手がけるファインセラミックスは精密な半導体の製造には欠かせない部品ですが、稲盛さんは自社の事業から、その進化速度に十分な経験知をもっておられ、そこから類推して、携帯電話という新しい商品の市場的な広がりをかなりの精度で予見できたわけです。
これまた正確すぎるくらい正確な予測で、稲盛さんのこういう先見性に満ちたすぐれた経営感覚には舌を巻くと同時に、ずいぶん勉強もさせてもらいました。
稲盛和夫というと、仏教的倫理観を土台にした精神主義や哲学を企業経営の真ん中に据える経営者というイメージが強いかもしれません。
それはそれで間違いではありませんが、それでは稲盛和夫という人間の半分しか見ていないことになります。
稲盛さんは精神主義の半面で、京セラの「アメーバ経営」や「会計原則」など、きわめてユニークで合理的、効率的な経営管理手法を考案、駆使するプラグマティックな側面も強くもっておられます。
その意味では、とてもリアリスティックな経営者でもあります。
少し考えればわかりますが、精神主義だけでは、あそこまで優良な企業を、あそこまで大きくすることはとうていできないでしょう。
(第3回に続く、4月22日配信予定)
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