むろん、AT&Tも反撃に出たため、MCIの行為の正当性をめぐって一大論争が巻き起こりましたが、これに終止符を打ったのも、やはりある一人の人物でした。
ワシントン連邦地裁のグリーンという判事が、「MCIのサービスは合法である」という、マックゴーワンの問題提起に正義のお墨つきを与える画期的な判決を下したのです。
彼ら二人の勇気ある行動と気概に満ちた判断が起こしたこのイノベーションは、破壊的ともいえるもので、これを契機に100年近く続いた独占市場は崩壊して、AT&Tも分割され、アメリカの通信業界において地殻変動ともいうべき大競争時代が幕を開けることになりました。
その結果、市場は活性化し、飛躍的な成長をとげて、電話料金も劇的に安くなっていきました。やや大げさにいえば、恐竜を絶滅させた隕石に匹敵するほどのゲームチェンジぶりで、ちょうど私たち第二電電が日本でやったことのアメリカでの先駆例といえましょう。
そうした大変革が個人の手によって起こされたのは驚くべきことです。その背景にはあきらかに、組織に依存せず、ゼロからイチを生み出す先見性と創造力に最大の価値を置く独立精神やベンチャースピリットと、独占を排斥すべき悪だと考え、自由で健全な競争状態を善とするフェアネス(公平さ)を何にもまして尊ぶ価値観やメンタリティがあります。
アメリカ人の国民性として根づいているこうした特質が、この通信改革の大きなトリガーとなったのは間違いないことでしょう。
アメリカという国に、社会を、そして世界を変えてしまうような大きなイノベーションがしばしば起こるのも、同じ理由からだと思います。
みずみずしい経営感覚をもった「先の見える」人
私は日本人がこのゼロイチの精神を失ったときから、一人当たりのGDPで韓国に抜かれるような経済の長い低迷が始まったのだと思っています。現状維持に満足し、安住する〝ゆでガエル状態〟におちいり、挑戦する気概をいつしか忘れてしまった。
そのために、いまに続く日本の衰退が深く静かに進行することになったのです。
かつてわが国は、ベンチャー精神に富んだゼロイチ型の経営者をたくさん輩出してきました。
松下幸之助さんや本田宗一郎さん、盛田昭夫さんといった先駆者たちが、自らスタートアップさせた会社を世界的規模にまで成長させ、戦後から高度成長時代を経て平成にいたるまで、時代を牽引する経済的活力を日本にもたらしてくれたのです。