プーチンを支えるロシア人の「従順さ」と「人命軽視」 ロシア国民の戦争への支持の高さは歴史的な後進性ゆえ

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とくに経済的に貧しい地方の農村では、夫の極めて少ない収入より、戦死者への国からの補償金が圧倒的に多い。「親戚を含めて命を奪われるのに慣れているのだ」という。

さらに、人権に対するプーチン氏の恐ろしいほどの冷笑的軽視を物語る事態が起きた。国際刑事裁判所(ICC、本部はオランダのハーグ)が2023年3月17日、ウクライナからの子どもの大規模連れ去りに関与した疑いがあるとして、戦争犯罪の容疑でロシアのプーチン氏に逮捕状を出したのだ。

少なくとも1万6000人の子どもを勝手にロシアに連れ去り、養子縁組をさせるという今回の事態は重大な戦争犯罪だ。だが筆者が強調したいのは、この戦争犯罪的行為をプーチン氏が密かに隠れて推し進めたわけではないということだ。堂々と、当然の権利のように行っていたのだ。

戦後の政治生命を失ったプーチン

これを象徴する光景が最近あった。プーチン氏は2023年3月16日、大統領公邸執務室に子どもの権利を担当する大統領全権代表マリア・リボワベロワ氏を招き、養子縁組の進行状況についての報告を嬉しそうに笑顔を浮かべながら受けたのだ。

今回、ICCが各国専門家の大方の予想を裏切る形で、このタイミングでプーチン氏とリボワベロワ氏の2人に逮捕状を出す引き金になったのは、この背筋が凍るような会談の映像の衝撃があったと筆者は見る。

ではなぜ、プーチン氏はこの計画を悪びれることなく進めたのか。この背景には1930年代から50年代に旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンが行った大規模な少数民族の強制移住がある。中央政権に反抗的な民族などを強制的に各地に移住させたのだ。全部で計600万人以上が送られ、過酷な生活を余儀なくされた。

ソ連創設時、各民族の自治を認めず中央集権体制を築いたスターリンを、プーチン氏は侵攻直前に高く評価した。そのプーチン氏からすれば、今ロシアに抵抗するウクライナから、取りあえず子供を集団移住させることはソ連復活に向けた大事業と考えているのだろう。

結局のところ、今回の侵攻ではっきりしたのは、プーチン氏も、そして多くの国民も帝政ロシア時代以来のロシアの歴史的な「後進性」から脱却できていないということだ。

そして最後に強調したいのは、今回のICCによる逮捕状の意義である。プーチン氏が今後実際に逮捕されるか否かは当然注目されるが、ウクライナ情勢に照らして最大の注目点はこれではない。戦争終了後のプーチン氏の政治的存命の可能性がなくなったということである。

123の国と地域が加盟するICC加盟国はもちろん、未加盟であるアメリカのバイデン大統領も、今回のICC決定への支持を明確に表明した。これにより、今後戦争がいかなる結末になってもアメリカをはじめ米欧がプーチン氏の政権への居座りを認めるシナリオが消えたということになる。

実は従来、仮にロシアが戦争で敗北しても、核兵器を有するロシア情勢安定のため米欧、とくにアメリカやフランスがプーチン氏の続投を認めるのではないか、との冷めた見方があった。しかし人道上の戦争犯罪で逮捕状が出されたプーチン氏の居座りを米欧が認める道は、これで完全に消滅したと言えるだろう。

この観点から筆者が1つ残念に思うことがあった。2023年3月18日に来日したドイツのショルツ首相との首脳会談後の共同会見で、ICCの決定を支持する立場をショルツ氏が表明したのに対し、岸田首相は支持を明言せずに「捜査の進展を重大な関心を持って注視していく」と述べるにとどめたことだ。通常、「重大な関心を持って注視」とは、その時点で当該の政府が明確にコミットしたくない時に使う外交用語だ。G7議長国でもある日本の首相には、明確に支持を表明してほしかった。    

吉田 成之 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長

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よしだ しげゆき / Shigeyuki Yoshida

1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。

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