プーチンを支えるロシア人の「従順さ」と「人命軽視」 ロシア国民の戦争への支持の高さは歴史的な後進性ゆえ

✎ 1〜 ✎ 118 ✎ 119 ✎ 120 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

グトコフ氏が指摘する国民の政府への「従順さ」。この言葉こそ、戦争とロシア国民の関係を理解するうえでのキーワードである。戦争への高い支持率だけではない。ほかにも「従順さ」という視点から説明できる問題がある。

例えば、なぜロシアで大規模な反戦デモが起きないのか、という疑問だ。ロシアでは小規模のデモでさえ、厳しい取り締まりの対象となる。当局の暴力や投獄への恐怖という要素も背景にあるのは間違いないだろう。しかし反戦デモが起きない要因について、ロシアのリベラル派の政治学者アンドレイ・コレスニコフ氏は、暴力への恐怖ではなく、権力への「従順さ」こそに最大の要因であると指摘する。

国民の「従順さ」はどこから来るのか

このコレスニコフ氏の指摘を深く肉付けする形で、ロシア人の従順さの歴史的「源流」について本格的な論考を発表したのはソ連時代からロシアを代表する政治学者であるアレクサンドル・ツィプコ氏だ。侵攻開始後の2022年6月22日付のロシア有力紙『ネザビシマヤ・ガゼータ』で、「もはや黙っていられない」と公然とプーチン政権による侵攻を批判した。

論考は、ロシア人が、帝政時代から全能なる「父なるツアーリ(皇帝)」に政治を委ねるという伝統的思考を今も受け継いでいると指摘。この結果「法意識、人命の大切さ」などの西欧的価値観を社会に定着させることができなかったと指摘した。

このため、ロシアでは「自律的に思考する人々、ましてや権力に論争を挑む人間は嫌われるのだ」と指摘した。ツィプコ氏は結論として「はっきり言うが、今のロシアの専制体制の根本にあるのは、こうしたロシアの文化的後進性である」と断じた。

2000年に登場したプーチン政権に国民が高い支持を示した背景として、従来「社会契約論」が語られてきた。国民が政治に口を挟まない代わりに、クレムリンは国民に安定した生活を保障するという、一種のギブ・アンド・テーク論だ。 

しかし、1年以上続く侵攻によって多数の戦死者を出し、数十万の若者が動員を嫌って国外に脱出するなど社会全体が大きく揺さぶられている現在でも国民がプーチン政権を支持する理由として、このいかにも社会学的な、スマートな切り方である「社会契約論」だけでは説明がつかないと筆者は考えていた。その意味で、指導者に政治のすべてを委ねるロシア人。これこそがプーチン支持の源流だというツィプコ氏の歴史的考察は極めて説得力がある。

興味深いのは、論考の中で、ツィプコ氏が現在投獄されている反政権派運動の指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏を批判したことだ。両氏はともに、欧米的民主主義を志向する方向性を共有しているはずだが、ツィプコ氏はナワリヌイ氏について、ロシア人の「歴史的特性」を理解していないから多くの国民から支持を得られていないと指摘したのだ。

この批判についてツィプコ氏は詳述していないが、念頭にあるのはナワリヌイ氏によるプーチン政権の腐敗追及運動だろう。いくら腐敗を告発しても、指導者にすべてを委ねる国民性からすれば、プーチン氏がどれほど莫大な財を不当に得たとしても自分たちに関係がない政治の話であり、騒ぐ問題ではないと受け止める。だから、いくら腐敗を告発してもロシアの有権者の心には響かないと忠告したのだと筆者は考える。

次ページスキャンダルが出ても支持度は落ちない
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事