過去に戻って生前の母に会えた息子が誓ったこと 小説「この嘘がばれないうちに」第2話全公開(5)

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高齢女性
このまま戻ってこなくていいと思った息子を翻意させたのは母の一言だった(写真:Ushico/PIXTA)
世界35カ国で翻訳、シリーズ320万部を突破している小説『コーヒーが冷めないうちに』。世界中で話題のシリーズを東洋経済オンライン限定の試し読みとして16日に分けて配信。シリーズ2作目『この嘘がばれないうちに』の第2話『親子』の最終回をお届けします。
(1):母を亡くした娘がなじみの喫茶店でハッとした事(1月3日配信)
(2):3カ月前に逝った母、30代の息子が戻りたい過去(1月4日配信)
(3):亡くなった母のいた過去に戻る息子の超常体験(1月5日配信)
(4):過去に戻って生前の母に会えた息子が伝えた一言(1月6日配信)

「母さんによろしく伝えてくれって……」

ピピピピ、ピピピピ……。

幸雄のカップから、小さなアラーム音が鳴り響いた。幸雄には、そのアラームが何を意味するのかはわからなかったが、音が鳴ったことで、数の言葉を思い出した。幸雄は、音の鳴っているマドラーをカップから取り出しながら、

「そういえば、ここのウエイトレスさんが、母さんによろしく伝えてくれって……」

と、数から託された言葉を絹代に伝えた。

「数ちゃんが……?」

「あ、うん」

「そう……」

絹代は一瞬表情を曇らせたが、ゆっくりと目を閉じ深呼吸をすると、また、すぐににこやかな顔を幸雄に向けた。

「絹代さん……」

カウンターの中から、流が青い顔をして絹代に声をかけた。絹代は、そんな流にニッコリとほほえみ、

「わかってる」

とだけ言った。

(……?)

幸雄は、二人のやりとりを不思議そうに見つめながら、カップに手をのばし、コーヒーを一口飲んだ。

「うん、うまい」

幸雄は嘘をついた。強い酸味は幸雄の好みではない。

絹代は、そんな幸雄を優しい目で見つめていた。

「優しい子だったでしょ?」

「ん? 誰が?」

「数ちゃんよ」

「え? あ、そうだね」

幸雄はまた嘘をついた。数の人柄を見る余裕などなかった。

「人の気持ちがわかる子でね、その席に座る人のことをいつも考えてる」

幸雄には、絹代が何を言いたいのか、さっぱりわからなかったが、あとはコーヒーが冷めるのを待つだけだと思っていたので、話の内容はどうでもよかった。

「その席に座っていた白いワンピースを着た女性がいたでしょ?」

「うん? あ、ああ……」

「彼女は亡くなった旦那さんに会いに行ったんだけど、戻って来なかったの……」

「そうなんだ」

「過去に戻って、どんなやりとりがあったかは誰にもわからない。でも、それでも、誰も彼女が帰って来ないなんて思わなかった」

カウンターの中でうなだれる流の姿が幸雄の目に飛び込んできた。

「……?」

「コーヒーを淹れたのは、当時七歳になったばかりの数ちゃんだった……」

「……そうなんだ」

幸雄は興味なさそうにつぶやいた。絹代が自分に何を言いたくてそんな話をしているのか、わからなかった。

絹代は、幸雄の返事を寂しそうな表情で聞くと、

「親子なのよ」

と、少し強い口調で言った。

「え?」

「戻って来なかったのは、数ちゃんのお母さんだったの……」

さすがの幸雄も、その言葉を聞いて顔色を変えた。

まだ、母親の愛情を必要とする七歳の少女にとって、それがどれだけ残酷な結果であったかは、想像するだけで痛々しい。しかし、同情はしても、自分が未来に戻ろうという気にはならない。

幸雄は、

(その話と、このマドラーに何の関係があるのか……?)

と、冷静に考えてすらいた。

すると、絹代はソーサーの上に置かれたマドラーを手に取って、

「だから、数ちゃんは、死んだ人間に会いに行く人のカップには、コレを入れるの」

と、幸雄にかざして見せた。

「コーヒーが冷めきってしまう前に、鳴るのよ……」

「……あ」

幸雄の顔が青ざめる。

(でも、それだと……)

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