(2):3カ月前に逝った母、30代の息子が戻りたい過去(1月4日配信)
(3):亡くなった母のいた過去に戻る息子の超常体験(1月5日配信)
(4):過去に戻って生前の母に会えた息子が伝えた一言(1月6日配信)
「母さんによろしく伝えてくれって……」
ピピピピ、ピピピピ……。
幸雄のカップから、小さなアラーム音が鳴り響いた。幸雄には、そのアラームが何を意味するのかはわからなかったが、音が鳴ったことで、数の言葉を思い出した。幸雄は、音の鳴っているマドラーをカップから取り出しながら、
「そういえば、ここのウエイトレスさんが、母さんによろしく伝えてくれって……」
と、数から託された言葉を絹代に伝えた。
「数ちゃんが……?」
「あ、うん」
「そう……」
絹代は一瞬表情を曇らせたが、ゆっくりと目を閉じ深呼吸をすると、また、すぐににこやかな顔を幸雄に向けた。
「絹代さん……」
カウンターの中から、流が青い顔をして絹代に声をかけた。絹代は、そんな流にニッコリとほほえみ、
「わかってる」
とだけ言った。
(……?)
幸雄は、二人のやりとりを不思議そうに見つめながら、カップに手をのばし、コーヒーを一口飲んだ。
「うん、うまい」
幸雄は嘘をついた。強い酸味は幸雄の好みではない。
絹代は、そんな幸雄を優しい目で見つめていた。
「優しい子だったでしょ?」
「ん? 誰が?」
「数ちゃんよ」
「え? あ、そうだね」
幸雄はまた嘘をついた。数の人柄を見る余裕などなかった。
「人の気持ちがわかる子でね、その席に座る人のことをいつも考えてる」
幸雄には、絹代が何を言いたいのか、さっぱりわからなかったが、あとはコーヒーが冷めるのを待つだけだと思っていたので、話の内容はどうでもよかった。
「その席に座っていた白いワンピースを着た女性がいたでしょ?」
「うん? あ、ああ……」
「彼女は亡くなった旦那さんに会いに行ったんだけど、戻って来なかったの……」
「そうなんだ」
「過去に戻って、どんなやりとりがあったかは誰にもわからない。でも、それでも、誰も彼女が帰って来ないなんて思わなかった」
カウンターの中でうなだれる流の姿が幸雄の目に飛び込んできた。
「……?」
「コーヒーを淹れたのは、当時七歳になったばかりの数ちゃんだった……」
「……そうなんだ」
幸雄は興味なさそうにつぶやいた。絹代が自分に何を言いたくてそんな話をしているのか、わからなかった。
絹代は、幸雄の返事を寂しそうな表情で聞くと、
「親子なのよ」
と、少し強い口調で言った。
「え?」
「戻って来なかったのは、数ちゃんのお母さんだったの……」
さすがの幸雄も、その言葉を聞いて顔色を変えた。
まだ、母親の愛情を必要とする七歳の少女にとって、それがどれだけ残酷な結果であったかは、想像するだけで痛々しい。しかし、同情はしても、自分が未来に戻ろうという気にはならない。
幸雄は、
(その話と、このマドラーに何の関係があるのか……?)
と、冷静に考えてすらいた。
すると、絹代はソーサーの上に置かれたマドラーを手に取って、
「だから、数ちゃんは、死んだ人間に会いに行く人のカップには、コレを入れるの」
と、幸雄にかざして見せた。
「コーヒーが冷めきってしまう前に、鳴るのよ……」
「……あ」
幸雄の顔が青ざめる。
(でも、それだと……)
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