5つのルール
「まず、一つ目のルールです。過去に戻っても、この喫茶店を訪れたことのない人には会うことができません」
幸雄はルールを聞いてすぐに、
「わかりました」
とだけ答えた。
もしも、一度しか来たことがないとか、顔を出したがすぐに帰ってしまった人物となると、会える確率は低くなる。だが絹代のように常連客であれば、会える確率は非常に高い。数は幸雄が絹代に会いに行くのであればこれ以上の説明はいらないと考え、次のルールの説明に移った。
「二つ目のルールは先ほども申し上げました。過去に戻ってどんな努力をしても現実を変えることはできません」
このルールについても、幸雄は質問をすることもなく、
「わかりました」
と、すんなり答えた。
「三つ目のルールです。過去に戻るためには、彼女が座っている、あの席に座らなければならないのですが……」
数は、そう言って視線をワンピースの女に向けた。幸雄も、数の視線を追う。
「座ることができるのは、彼女がトイレに立って、あの場を離れるときだけです」
「それは、いつですか?」
「わかりません……でも、彼女は一日に一度だけ必ずトイレに立ちますので……」
「待ってればいいんですね?」
「その通りです」
数の返事に、幸雄は無表情で、
「わかりました」
と、答えた。数も普段から無口だが、幸雄も質問や口数が少なく、説明はサクサクと進んだ。
「四つ目のルールです。過去に戻っても、座っている椅子から離れることはできません。もし、腰を浮かしたりして椅子から離れてしまうと、強制的に現実に引き戻されることになります」
このルールを忘れると、せっかく過去に戻っても、すぐに現実に引き戻されるという悲しい結果になってしまう。
「五つ目のルールです。過去に戻れるのは、私がカップにコーヒーを注いでから、そのコーヒーが冷めきるまでの間だけです」
数はそこまで説明すると、いつの間にか空になっていた幸雄のグラスに手をのばした。幸雄は喉が渇くのか、頻繁に水を口にしている。
めんどくさいルールはこれだけではない。
時間を移動できるのは一度だけで、二度目はない。
過去や未来で写真を撮ることや、プレゼントを渡したり、もらったりすることはできる。
コーヒーが冷めないように保温機器を使っても、コーヒーはそれを無視して冷めてしまう。
それから、かつて都市伝説で雑誌に取り上げられたとき、「過去に戻れる喫茶店」として有名になったのだが、正確には未来にも行くことができる。ただし、未来に行こうとする者はほとんどいない。なぜなら、行きたい未来に行くことはできるが、行ったその時に会いたい人物がいるかどうかはわからない。未来の出来事は誰にもわからないからだ。よほど切羽詰まった理由がない限り、コーヒーが冷めるまでの短い時間を狙って未来に行っても、会える確率は相当低い。行くだけ無駄という結果になりやすい。
ただ、数はこれらのルールをすべて説明することはない。基本的には五つのルールを伝えるだけで、その他のルールは聞かれれば答えるだけであった。
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