幸雄は、注がれた水を口にすると、
「母から聞いたのですが、コーヒーが冷めきる前に飲みほせなかった場合は幽霊になる、というのは本当ですか?」
と、数の目をじっと見つめながら質問した。数は、
「本当ですよ」
と、さらりと答えた。幸雄は、一旦、目を伏せて、浅い深呼吸をすると、
「それはつまり、死ぬ……と、いうことですよね?」
と、念押しするように尋ねた。
今まで、幽霊になることが「死」を意味するかどうかを、改めて確認する者は一人もいなかった。
これまでどんな質問にも表情一つ変えずに答えてきた数が、このときばかりは一瞬、表情を曇らせた。とはいえ、本当に一瞬の出来事である。数はすぐに小さく息を吐いて、ゆっくりと瞬きをすると、いつもの涼しい顔に戻り、
「その通りです」
と、答えた。
幸雄は何かに納得するようにうなずき、
「わかりました」
と、つぶやいた。
「なぜ、葬儀にいらっしゃらなかったのですか?」
一通りのルールの説明が終わると、数はワンピースの女を見て、
「あとは彼女が席を立つのを待つだけとなります。お待ちになられますか?」
と、声をかけた。過去に戻るかどうかの最終確認である。幸雄は迷うことなく、
「ええ」
と即答し、目の前のカップに手をのばした。コーヒーはすでにぬるくなっていたのだろう、幸雄はコーヒーを一気に飲みほした。数は空いたカップに手をのばし、
「おかわりはいかがですか?」
と尋ねたが、幸雄は、
「いえ、結構です」
と、手で制しながら断った。絹代が好きで毎日のように飲んでいたコーヒーだが、どうやら幸雄の口には合わないようである。
数は空の幸雄のカップを持ってキッチンに向かう途中でふと立ち止まり、
「なぜ、葬儀にいらっしゃらなかったのですか?」
と、幸雄に背を向けたまま尋ねた。
母親の葬儀に出なかった息子の立場では、責められていると感じてもおかしくない。数がこういう質問をすることは珍しい。
幸雄もそう感じたのか、少し眉をひそめて、
「答えなければいけませんか?」
と返した。幸雄の語調はいくぶん強かったが、数はいつもの涼しい顔で、
「いえ」
と言ったあと、
「ただ、京子さんは、あなたが葬儀に出なかったのを自分のせいだと気にされていましたので……」
と言葉を添え、小さく頭を下げるとキッチンに姿を消した。
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