過去に戻って生前の母に会えた息子が誓ったこと 小説「この嘘がばれないうちに」第2話全公開(5)

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リンリンと、どこから迷い込んだのか、鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。

その鳴き声に誘われるように、

「母が……」

と、幸雄はつぶやくと、数が差し出すおつりを受け取りながら、

「あなたにも幸せになってほしいと……、言ってました」

と告げ、この喫茶店を後にした。

ああ おもしろい 虫のこえ

この言葉は、絹代から聞いたわけではなかった。だが、数の境遇を考えれば、絹代が数に対してどういう思いを伝えたかったのか、幸雄には容易に想像することができた。

この嘘がばれないうちに
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カランコロン。

幸雄が去って、再び店内は数とワンピースの女の二人きりとなった。カウベルの音は静かに鳴り響いている。数は、ダスターを手に取るとカウンターの上を拭き始めた。

秋の夜長を鳴き通す

ああ おもしろい 虫のこえ

数が小さな声で口ずさむ。それに応えるように鈴虫がリンリンと鳴いている。

秋の夜は静かに、そしてゆっくりと更けていった……。

(1月8日配信のシリーズ第3作『思い出が消えないうちに』の第2話『「幸せか?」と聞けなかった芸人の話』に続く)

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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