過去に戻って生前の母に会えた息子が誓ったこと 小説「この嘘がばれないうちに」第2話全公開(5)

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(……もし、あのとき、アラームが鳴らなかったら……

あのまま、コーヒーが冷めるのを待っていたら、母さんを最後の最後で不幸にするところだった……

陶芸家を目指して、長い間認められず、成功に囚われ、騙され、自分ばかりがなぜこんな不幸な目にあわなければならないのかと、嘆き苦しんだけど、自分がそれ以上の苦しみを母さんに与えるところだった……

生きよう……何があっても……

最後の最後まで、自分の幸せを願ってやまなかった母さんのために……)

幸雄の意識は、戻りゆく時間の中でゆっくりと遠退いていった。

世界は変わらない。変わったのは自分

気がつくと、店内には数のほか誰もいなくなっていた。幸雄は現実に戻ってきた。しばらくすると、トイレからワンピースの女が戻ってきた。スルスルと音もなく幸雄の前まで来たかと思うと、無表情に幸雄を見下ろし、

「どいて」

と不服そうにつぶやいた。

「……」

幸雄は、洟をすすり上げながら、ゆっくりとワンピースの女に席をゆずった。ワンピースの女は黙って席に着き、幸雄の使ったカップをつっと押し出すと、何事もなかったかのように小説を読み出した。


(店内が輝いて見える)

幸雄は不思議な感覚に戸惑っていた。店内の照明が明るくなったわけではない。でも、幸雄の目に映るものすべてが鮮明に見える。あきらめの人生から、希望の人生へ。幸雄の心は大きく変化していた。

(世界は変わらない。変わったのは自分……)

幸雄は、じっと、ワンピースの女を見つめながら、今、体験したことを頭の中で反芻している。その間、数は、幸雄のカップを片づけ、ワンピースの女に新しいコーヒーを出していた。

「母が……」

幸雄は、数の背に向かって声をかけた。

「あなたに感謝していました」

「そうですか……」

「わたしも……」

幸雄はそう言って、深く、深く頭を下げた。数は幸雄が使ったカップを片づけるためにキッチンに姿を消した。数がいなくなると、幸雄はおもむろにハンカチを取り出して、涙でぐしゃぐしゃの顔を拭い、洟をかみ、

「いくらですか?」

と、キッチンにいる数に向かって声をかけた。数はすぐに戻って来て、レジ前で伝票を読み上げ、

「コーヒー代、深夜料金込みで四二〇円です」

と答えると、ガチャガチャと表情も変えずにレジを打った。ワンピースの女も何事もなかったかのように小説に読みふけっている。

「……じゃ、これで」

幸雄は千円札を差し出しながら、

「……なぜ、アラームの説明をしなかったのですか?」

と、質問をした。数は、お金を受け取ると、再びガチャガチャとレジを打ちながら、

「すみません、説明を忘れていました」

と、涼しい顔で小さく頭を下げた。幸雄は、嬉しそうにほほえんだ。

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