69歳男性をひとり死させた「個人情報」という壁 「身寄りのない人間の最期」とはこんなものか

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タイゾウさんの居場所がわからない――。私が斎藤さんからそう連絡を受けたのは10月半ばのこと。自宅の固定電話に出ないことが続いたので、心配になり夏ごろにアパートを訪ねたところ、人の気配がなく、ポストからは郵便物があふれていた。中には今年2月消印のガス料金の請求書もあった。そのうちに電話も解約されてしまったという。

生活保護の担当ケースワーカーに尋ねても「個人情報なので教えられない」の一点張り。何度も問い合わせたり、直接出向いたりしたところ、ようやく長期入院をしていることがわかった。しかし、これで安否がわかると思いきや今度は病院から門前払いを食らう。

「ケースワーカーから教えてもらったと言っても、私が病院まで行くので郵便物だけでも渡してもらえないかと頼んでも、『一切答えられません』しか言わないんだよ。どうすればいいと思う?」

斎藤さんからそう聞かれたが、私もよい知恵が浮かばない。心配しているの一言さえ伝えらないもどかしさに、斎藤さんが途方に暮れたようにつぶやいた。「身寄りのない人間の最期って、こんなものなのかい」。

安否がわかったのは「死亡から半月後」

結局タイゾウさんの安否がわかったのは、死亡から半月近くが過ぎてからだった。斎藤さんが再び担当ケースワーカーに様子を尋ねたところ、すでに亡くなっていると告げられたのだ。その際にお骨が預けられている場所も教えてくれたという。

斎藤さんは「生活保護の申請時には僕も同行したので、(自治体の)福祉事務所も僕の身分やタイゾウさんとの関係は知っていました。だから最後は柔軟な対応をしてくれたのかもしれない」と感謝する一方、「個人情報が大切なのはわかるけど、それを理由に何もかも教えらない、できないと言われてしまうと、冷たい世の中になっちゃったなと思うよね」とため息をついた。

向原阿弥陀堂を訪れた日のことに話を戻そう。アパートの1階部分にあたる入り口に「南無阿弥陀仏」と書かれたのれんが張られている。線香の香りや、水琴窟を模した置物から流れる水の音を感じながら板張りの床を歩く。最奥に設えられた仏壇に向かって斎藤さんと並んで手を合わせた。

最期はさぞ寂しかったのではないか。生活保護のことなど気にせず故郷に帰ってもよかったのに。せめて生きている間にタイゾウさんのことを気にかけている人がいることを伝えたかった。手を合わせながら、私の胸中は複雑だった。

参拝を終えると、堂内にいたスタッフがお骨が預けられるまでの経緯を教えてくれた。タイゾウさんが生活保護を利用していた自治体は身寄りがいなかったり、引き取りを拒まれたりした人の遺骨の管理を葬儀社に委託しており、その葬儀社がこの阿弥陀堂を運営するNPO法人に実際の業務を任せているのだという。

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