フレンチの巨匠が「スーパーの食材」で作る深い訳 三國清三シェフ「料理人人生に"置き忘れたもの"」

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――レシピは、作る人の好みや条件によって、出来上がりが変わってくるものだと思うのですが、一般の方向けとして意識されたことはありますか。

誰が作っても味がちゃんと決まる仕掛けをいろいろしています。例えば、味付けにオタフクソースとか市販品を使うことで、初めて作った人でも大きく失敗せず「ああ、おいしいね」となるような。

分量が書いてあれば食材の配合は誰でもできますが、実際の料理はレシピに乗らない言葉や説明も必要です。例えば煮詰めるといってもどこまで煮詰めるのか。そこはわれわれプロは鍋を見ながらやる。味を濃くしたかったら煮詰める、その強弱はレシピには出せないので、そういうところは動画で。動画と書籍、特性に合わせて見てもらえればと思います。

【2022年12月18日15時43分 追記】初出時、オタフクソースの記載内容に一部誤りがあり修正しました。

修業時代のふたりの師匠

――三國さんは修業時代の恩師として、スイスのフレディ・ジラルデ(レストラン「ジラルデ」、現「オテル・ド・ヴィル」)とフランスのアラン・シャペル(レストラン「アラン・シャペル」、現在は閉店)のお2人のことを繰り返し語っておられますね。

レシピに対する考え方は両者対照的に感じられます。ジラルデさんはレシピよりも即興で料理する、逆にアラン・シャペルさんはレシピを大切にされると伺いました。三國さんの視点から見たお2人の考え方について、改めて教えてください。

ジラルデは当時、その旺盛な創造力から料理界のモーツァルトと言われていました。有名になってからは「ジラルデの予約を取るのはスイス銀行の金庫を破るより難しい」と言われたほどです。彼の料理はスポンタネ(即興)といって、アラミニッツ、その場で作る料理を得意としました。

食材はパリから毎日空輸で、毎日、ジュネーブの空港にジラルデ本人が取りにいく。つまり、朝われわれは手元に下ごしらえできる食材が何もないわけです。渋滞していると11時半くらいから70名くらいの料理を一から作るわけです。次々オーダーが入ってくるのにメニューは決まってない。

「オマール用意しろ」と突然言われる。オマールだけで前菜は作れないから、われわれは冷蔵庫からいろんな食材を持っていくんです。彼がパッと見て、じゃあ、これとこれ、と選んで、その時々で瞬間的に料理を発明してしまう。説明なんかないですよ。そういうのが一度だったらいいけど、それが甲殻類、魚、肉、デザートまで続く。それを70名分やる。大変でした。

(撮影:尾形文繁)

アラン・シャペルは当時のフランスの料理人の中で別格の存在でした。完璧主義者だった偉人になぞらえて「厨房のダ・ヴィンチ」と呼ばれていました。

アラン・シャペルには基本的に「グラン・メニュー」があって、レシピを大事にしました。一方で「レシピを超えたところに、はじめて自分の料理の表現がある」と。なので、レシピ通りやって、かつ、それ以上の表現をしてはじめてアラン・シャペルの料理になる。

例えば野菜でも、曲がったものをうまく切りそろえたりしたら叱られます。食材のあるがままを大切にする。キュイソン(火入れ)の仕方、レデュクション(煮詰め方)が命で、その部分で同じレシピでも味が全然違うものになりました。

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