「天神と博多」で同時に大規模再開発が進む背景 2大プロジェクト進行中、福岡市中核部の今

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歴史をひもとくと、博多は8世紀の文献にその地名が記録されるなど、日本国内で早くから大陸との貿易で栄え、商人の街として発展。博多駅周辺部には「博多旧市街」と呼ばれる古い街並みも残されている。

山笠で有名な櫛田神社(左奥)周辺も「博多旧市街」に指定されている(筆者撮影)

博多コネクティッドには、この旧市街にも人の流れを作り出し、1300年以上の歴史を有する博多周辺部の地域や観光の活性化につなげようとする狙いがある。

天神の基盤となったのは江戸時代の黒田藩だ。居城となった福岡城(舞鶴城)は天神交差点からは1kmほど西にあり、その周辺部は武士(行政)の街として発展をしたという経緯がある。

つまり、福岡中心部は博多と天神(福岡)という成り立ちが異なる「双子都市」とも言え、そうした経緯が狭いエリアに博多コネクティッド、天神ビッグバンという2つのプロジェクトを必要とする背景になっているわけだ。

明治時代以降、特に第二次世界大戦後には福岡市は九州の行政・経済・交通などの中心地として発展し、現在では東京23区を除く市町村レベルでは国内5番目の人口(160万人超)規模となったが、その主要な原動力になったのは「支店経済」である。

支店経済頼みからの脱却へ

西日本鉄道など有力な地元企業は多数あるが、福岡市はその従来のあり方から、天神ビッグバンの「アジアの拠点都市」になるという文言にあるように、支店経済頼みではない、より主体的な発展を目指しているわけで、これは明治以来の経済面での転換と言える。

このあたりが福岡市で進められているプロジェクトが「歴史的」であるという理由だが、国内でも最も古くから商業の街として発展してきた博多をベースに考えるなら、ある意味「先祖返り」を目指しているとも考えられないだろうか。

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