中でもロシア軍が懸念しているのは、クリミア半島南部セバストポリにある黒海艦隊への攻撃だろう。18世紀に当時のロシア帝国がオスマン・トルコとの戦争の結果、併合したクリミアに築かれたセバストポリ軍港と黒海艦隊はロシア海軍の象徴である。この母港が攻撃を受ける事態となれば、プーチン政権にとっては侵攻開始以来最大の面目失墜となる。黒海艦隊をめぐっては、すでに2022年4月に首都の名前を冠した旗艦「モスクワ」がウクライナ軍のミサイルによって撃沈されるという屈辱的出来事が起きている。
受け身に立たされたロシア軍の現状を物語る事態は他にもある。ロシア軍はウクライナ軍が奪還を目指し攻撃を強めている南部ヘルソン州へドネツク州など東部から部隊を転戦させようとしている。しかし上記の西側外交・軍事筋によると、ウクライナ軍の攻撃を避けるため、南部に直接向かわせることを避けているという。部隊を一度ロシア本土に戻したうえで、わざわざ遠回りして弧を描くような動線で、クリミア半島を経由して南部に派遣しようとしている。この際、ロシア部隊はロシア南部クラスノダール地方とクリミア半島をつなぐクリミア大橋を通る。
クリミア大橋への攻撃はなるか
このため注目されているのはこのクリミア大橋である。サキ基地での攻撃を受けて、ウクライナ軍がクリミアとロシア本土を繋ぐ唯一の貴重なルートであるこの橋を通行不能にする目的で攻撃するのではないかとの観測が出始めている。
全長18キロメートルの鉄道道路併用橋であるクリミア大橋は、2019年末に全面開通したヨーロッパ最長の橋である。プーチン大統領の友人である新興財閥のローテンブルク兄弟が建設を受注した。プーチン氏からすれば、ロシアによるクリミア併合の「完了」を象徴する大事業であった。逆にウクライナからすれば、併合の「固定化」を象徴する、おぞましいシンボルである。
アメリカ政府はこれまで、ウクライナ軍によるロシア領内への攻撃に反対していると言われている。一方でウクライナ側はクリミアについて「不当に占領されているものの、あくまで自国領であり、ロシア領への攻撃には当てはまらない」と主張している。ウクライナ大統領府長官顧問のオレクシイ・アレストビッチ氏は、必ずクリミアを攻撃すると言明している。
さらにここへ来て、アメリカ政府がクリミア大橋などクリミアへの攻撃を黙認する構えだとの観測もウクライナ側で流れ始めている。ウクライナ軍によるクリミアのロシア軍への攻撃について、アメリカ国防総省高官が2022年8月12日に行った会見で、「われわれはウクライナ側に対し、どう戦えとは言っていない。ウクライナ軍は自分たちがどう戦いたいか、自分たちで選択している」と述べ、含みを持たせた。
さらにウクライナ軍が現在、集中攻撃をしているのが南部ヘルソン州だ。ヘルソン州は侵攻開始直後、南にあるクリミアから北上したロシア軍地上部隊によって制圧されていた。2022年9月以降とも言われる本格的反攻作戦開始への準備段階として、ウクライナ軍は南部他地域やクリミアからのヘルソンへの補給路を断つため、その間にあるドニエプル川に架かる4つの橋を2022年8月12日までに砲撃などで損傷させた。これにより、ドニエプル川西岸にあるヘルソンは当面、ほぼ補給路を断たれたと言われる。
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