「余命半年」…絶望した54歳会社員が踏ん張れた訳 会社と家族に支えられ仕事復帰も果たした

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「私の場合、在宅勤務中はHRCの担当者が元上司で、オンラインで他愛のない雑談から愚痴まで気軽にこぼせて救われました」(寺川さん)

「バージンロードを一緒に歩きたい」という手紙

寺川さんが入院中、21歳の長女から送られてきた手紙の一部を紹介する。

「……私の結婚式のとき、つやがいないとバージンロードも歩けません。私は一緒に歩きたいです。私は元々口数が少ないし、今まで親に対してツンツン生意気で、でもそのかわりに将来は親孝行しようと思っていたから、私の親孝行も受けて貰わないととても困ります」

つやとは寺川さんの通称。ルーマニア人の妻が「達也」の「た」の発音が苦手で「つや」と呼んでいて、長女もそれにならっている。バージンロードのくだりは、抗がん剤治療で入院中だった寺川さんの涙腺を何度も刺激したはずだ。

寺川さんによると亭主関白ではなく、空気みたいな存在。余命半年と伝えられて、家族は初めて自分がいなくなった状態を想像したはずだという。

「それまでは『頑固!』だとか、『同じことを何回も言う』とウザがられていましたけど、みんな急に優しくなりました。まっ、父親ってどこの家でもそんな感じじゃないですかねぇ。在宅勤務で家にいる時間が増えましたが、とても過ごしやすくなりましたね」

最初の退院後、自宅にて(写真:寺川さん提供)

大学生の娘を持つ父親の哀愁がただよう。寺川さん自身もコロナ禍での入院治療を通して家族への感謝の気持ちが高まり、退院後はこまめに「ありがとう」と伝えるようになった。「最近は長女と仲が良すぎて、妻がやきもちを焼くほどですよ」と言って、彼は目を細めた。

寺川さんは新しい抗がん剤が効果てき面で、肝臓がんは当初の約3分の1に縮小し、肺のがんも消失した。結果、当初は無理だと言われた手術を2020年8月に行い、肝臓のがんを全部摘出することに成功。がんの告知から2年以上が過ぎた今も定期検査を受けながら、仕事を続けている。

ステージ4で余命半年と言われれば、誰でも一度は絶望する。だが、抗がん剤や放射線治療でがんが縮小や消失すれば、切除できる可能性もある。がん医療が進歩する今、知っておきたい事実だ。

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人は諦めた時点で負けです、と寺川さんは後日メールを送ってきてくれた。

「決して希望を捨てず、心と知恵と知識と経験と、時には神頼み。あらゆる手を尽くし事に取り組めば、いい結果が望めるものと思い続けて、頑張って生きています。抗(あらが)う者であり続けたいです」

家族の父親への愛情。寺川さんの家族への感謝と責任感。そして社員に寄り添う会社の支援。人生最大の危機を打開した原動力はそれら4つだった。

(取材協力:一般社団法人がんと働く応援団、
記事監修:押川勝太郎・腫瘍内科医)

荒川 龍 ルポライター

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あらかわ りゅう / Ryu Arakawa

1963年、大阪府生まれ。『PRESIDENT Online』『潮』『AERA』などで執筆中。著書『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社)は2007年にNHKドラマ『スロースタート』の原案となった。ほかの著書に『自分を生きる働き方』(学芸出版社刊)『抱きしめて看取る理由』(ワニブックスPLUS新書)などがある。

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