20歳の若さで死亡「源頼朝の娘」生涯が悲運すぎる 婚約者の木曽義仲の嫡男を頼朝に殺されて病に

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建久5年閏8月8日には、義高の菩提を弔うため、法事がありました。その1週間前には、大姫は政子と共に相模国の三浦に行っていますので、病は少し落ち着いていたのでしょうか。

翌年(1195年)2月には頼朝は上洛しますが、それに大姫も付き添っていますので、病はそれなりに改善していたと思われます。このころ、頼朝は、大姫を後鳥羽天皇に入内させる計画を持っていたといいます。その工作もあり、大姫を伴っての上洛だったのでしょう。

再び重くなった大姫の病

その年の10月15日には、大姫の病は再び重くなったようです。「寝食、例にそむき、身心常にあらず」と『吾妻鏡』にありますので、夜も眠れず、食べ物を食べることができず、精神的にも不安定な状態にあったことがわかります。これもまた邪気のせいにされています。

護念上人というお坊さんが、頼朝の命令で祈祷すると、その日のうちに治ったとのこと。頼朝はとても喜び、護念上人に褒美を与え、荘園を寄付したいといいますが、上人はそれを断ったそうです。

さて、病が治ったかと思うとまた再発、を繰り返していた大姫ですが、建久8(1197)年7月に、回復することなく、この世を去ります。20歳という若さでした。激動・戦乱の世に翻弄された1人の女性の死。真に哀れというほかはありません。

濱田 浩一郎 歴史学者、作家、評論家

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はまだ こういちろう / Koichiro Hamada

1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『あの名将たちの狂気の謎』(KADOKAWA)、『北条義時』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)など著書多数

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