20歳の若さで死亡「源頼朝の娘」生涯が悲運すぎる 婚約者の木曽義仲の嫡男を頼朝に殺されて病に

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源頼朝の娘、大姫の婚約者だった木曽義高の墓と伝わる木曽塚(写真:コン太くん/PIXTA)
NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の放送で、源氏や平氏の歴史に注目が集まっています。ドラマにも登場する源頼朝の娘「大姫」の人生は、まさに悲運といえます。その詳細について歴史学者の濱田浩一郎氏が解説します。

大姫は源頼朝の長女で、治承2(1178)年、妻・北条政子との間に生まれた最初の子です(大姫の誕生は1176年、1179年という説もあります)。ちなみに大姫というのは、名前ではなく、長女の姫という意味で、本当の名前はわかりません。

大姫の人生は、頼朝が平家打倒のために挙兵し、鎌倉の主になったことで変わっていきます。同族で信濃の木曽義仲と頼朝は対立することになるのですが、やがて和議を結びます。これが、寿永2(1183)年のこと。

その和議の中で、義仲は長男の木曽義高を鎌倉に人質として送ることになるのです。単に人質というのではなく、義高と大姫の婚約ということも決められました。大姫が1178年の生まれだとすると、このときわずか5歳。木曽義高の生まれ年も明確なことはわかりませんが、1173年との説もあります。そうすると、義高は10歳ということになるでしょう。

源頼朝が義高の殺害を決める

ところが、この婚約の翌年(1184年)の正月、義仲は頼朝軍に攻められ敗死。状況は激変します。頼朝は将来の禍根を断つため、義高を殺害することを決めるのです。

『吾妻鏡』には、父を殺された義高の無念を思うと今のうちに殺したほうがよいとの頼朝の判断があったと書かれています。そして、義高殺害を武士に命じるのです。

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