私が、松下幸之助の側についたとき、松下は、私からすれば、小さいこと、細かいことと思われることを、しきりに指示した。はじめは、その意図がわからず、「どうしてこんな小さいことを言うんだろう、細かいことまで指示するのだろう、この程度のことは、任せてくれてもいいのに……」と思ったことがある。
しかし、後年、経営者になって思うことは、当時、26、27歳だった私に、「仕事というもの、経営、あるいは人生というものは、小さいことを積み重ねていくことが大事なんだよ」ということを教えようとしていたのではないかということである。
経営者になっても続いた細かい指示とは
昭和42(1967)年の秋、松下が、京都の私邸で、9名のお客様を招いて、ある懇親会を開いたことがあった。
松下の側で仕事をするようになって、わずか2カ月後の11月である。松下は、その懇親会が始まる2時間ほど前に、やってきた。私の顔を見るなり、「今日のお客さんたちは、きみが案内せいや」と言う。驚愕した。まだ、2カ月である。その私に、大事なお客様の案内をせよと言う。考えても、思ってもいなかったから、気が動転したことを思い出す。
どう案内するのか、知る由もない。戸惑う私を連れて、松下は、庭を歩き始めた。そして、ところどころで立ち止まって、ここで、こういう説明を、と指示し始めた。「ここで、この池の水は、琵琶湖の疎水で、琵琶湖から流れているものだと説明しなさい」とか、「この塔は、平安時代の石塔で、こちらの塔は、鎌倉時代の石塔で……と説明して……」とか「このお社は、根源さんといって……」、あるいは「この白砂は……」などと細かく指示を出した。そして、庭をひと回りすると、「きみ、座敷に行こう」と言った。
既に座布団が10枚、5枚5枚が向き合うようにきれいに並び、床の間を見れば、立派な花も活けられていた。「こうやって、お客様をお迎えするのか」と内心、感心している私に、松下は、「座布団の並べ方が曲がっておるな」と言う。小学校のとき、机を、まっすぐに並べるような見方で、「そこの座布団が、ずれている。3枚目が曲がっている。まっすぐにしなさい」と言う。大きく曲がっていたり、ずれていれば別だが、一見、きちっと並んでいる。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら