しかし、「直せ」と言うのだから、指示通り、並べ直した。これでいいかと最後の1枚を微妙に調整しながらまっすぐに置き直した途端、後ろから、松下が「きみ、この座布団もこの座布団も、後ろ前が反対やで」。キョトンとしていると「座布団の後ろ前がわからんのか」と言いつつ、みずから1枚を取り上げ、教えてくれた。座布団の裏表もこのとき、教えてくれた。正直、天下の松下さんが、ずいぶんと細かいことを……という気持ちが強かった。
大きな夢よりも大事なこと
このような細かいというか、小さいことについての指示は、その後も、そして、私が経営者になっても、続いた。もちろん、大きな指示、驚くような大きな指示ももらったが、こうした、一見些細な、小さな指示も同時に、松下幸之助は、私に出していたが、そのころになると、小さな指示、細かい指示も納得して受け止めるようになっていた。
そのきっかけは、それから、5~6年ほど経ったころのことだった。松下のところに、ある青年が訪ねてきたことがあった。彼が大いなる夢を語り、こういうことをするためには、何としても松下さんの力とお金を借りたいなどと、とても分不相応な話を持ってきたとき、松下が、彼の長口舌を、うん、うんと頷きながら聞き終えると、諭すように静かな口調で、こういった。
「わかった。あんたの思い、夢は、ようわかった。あんたは、若いからな、そういうことを考えるのはええことやと思う。けどな、そのためには、あんたの今の力というか、能力というか、まあ、実力やな、それがあるかどうか、伴っておるかどうか、それを考えてみんとあかんわね。どうや、あんた、考えてみて、そういう力があるか、能力があるか。
大きな夢も大事やけど、もっと大事なことは、足元の、些細と思われるようなこと、平凡と思われるようなことを、しっかりとやり遂げていく、おろそかにしないということも考えておかんといかん。難しいことはできるが、平凡なことはできんということはない。平凡なこと、些細なこと、それを積み重ね積み重ねて、そのうえに自分の知恵と経験を加えていく、それではじめて、成功をすることができる。うん、成功は小さい努力の積み重ねやね。一度、そういうことも、あんた、考えてみたらどうかな」
あまりの大言壮語の話をする青年に、呆気にとられて聞いていた私は、松下の話を聞きながら、松下が、些細なこと、小さいことを大切にしていることがよく理解できた。松下は、船場の小僧時代に、そのようなことを身にしみて体験したに違いない。
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