(第49回)日本企業のアジア戦略は間違っている


 1ドル=80円で換算すれば、中間層とは年間所得が40万円から280万円の所得層であり、そのうち大部分は120万円未満なのだ。つまり、月収10万円未満である。これは、われわれが「中間層」という言葉からイメージするものとは、かなり違う。日本の生活保護は、大都市の3人世帯で年間所得200万円程度、最も低い市町村で160万円程度だから、それよりかなり低い。それを「中間層」と呼んでいるのだ。

もちろん、日本以外のアジア諸国では物価が安いから、その社会での相対的位置としては、中間であり富裕である。しかし、日本社会で位置づければ、「アジア中間層」は低所得層であり、「アジア富裕層」が中間層である。

新興国とは、低所得国であることを忘れてはならない。「蟻族」と呼ばれる中国の若者たちの実態を見ると、それがよくわかる(注2)。彼らは大学卒の知的労働者だが、大都市郊外の劣悪なアパートでトイレの悪臭に悩まされながら6人部屋に住み、長時間かけて職場に通ってIT関連の仕事や営業をしている。平均月収は2万5000円ほどだが、昇進しても5万円ほどである。彼らが所有する家財道具といえばPCと携帯電話くらいだ。台所はないから炊事用具も持っていまい。彼らが日本メーカーの顧客になりうるだろうか?

ただし以上で述べたことは、高度知識労働者レベルの外国人採用が意味がないというのではない。まったく逆に、極めて重要である。それは次の3点で、日本企業に重要な意味を持ちうるからだ。第一は世界的な水平分業への対応。第二はアジア地域を対象とした金融サービスの提供。そして第三は社員の多様化と人事管理体制への影響だ。

これらのいずれもが、日本企業のビジネスモデルを大きく変化させる可能性を秘めている。次回以降でこの問題についてさらに検討を進めることとしよう。

(注1)大坪文雄「わが『打倒サムスン』の秘策」『文藝春秋』2010年7月号(注2)廉思(関根謙監訳)、『蟻族』勉誠出版


野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。(写真:尾形文繁)


(週刊東洋経済2011年1月29日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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