1980年代末に刊行されたアメリカ経済再生の提言書『メイド・イン・アメリカ』は、シリコンバレーに勃興しつつあったベンチャーキャピタルに否定的な評価を下していた。もっといえば、敵意を抱いていた。
それはベンチャーキャピタルが既存の産業秩序を破壊するからだ。彼らが創業資金を提供するので、モトローラなど有力企業の優秀なエンジニアが退職し、創業してしまう。その結果、既存企業の技術開発力が低下する。それに対して日本のエレクトロニクスメーカーは終身雇用制をとっているため、優秀なエンジニアは起業せず企業に残り、腰を据えて技術開発に取り組む。「そのためにアメリカ企業が日本企業に負けてしまう」という論理だ。
同書が描いたアメリカ経済再生は、それまでの産業秩序を維持しつつその枠内で改善を図って生産性を高め、それによって経済を復活させるという筋書きのものだった。具体的にいえば、アメリカ企業を日本企業のようにすることだった。
しかし、その筋書きは実現しなかった。そのかわりに新しい企業が誕生し、それがITという新しい産業を作った。それを資金面でサポートしたのが、ベンチャーキャピタルである。人材や基礎研究の面でITを助けたのは、『メイド・イン・アメリカ』を編集したMITではなく、「西海岸の田舎大学」であったスタンフォード大学だった。
現在日本で考えられている日本再生は、基本的には同書と同じ発想にたっている。つまり、これまでの有力企業を有力企業のままで残そうという方向である。
しかし、システムの機能不全がある限度を超すと、「改善」では復活できない。再生のためには旧システムの核心部分を破壊する必要がある。古いものが残っていると、新しいものが誕生しにくいからである。