(第43回)IBMはいかにして危機を克服したか


 日本の製造業の大企業は、60年代に成長拡大し、70年代、80年年代に(少なくとも市場シェアの点で)世界を制覇した。日本企業はその時点の姿のままで固まってしまった。

そして、世界経済の大変化にもかかわらず、ビジネスモデルを変更できなかった(90年代になってDRAMの需要がメインフレームからPCに変わったにもかかわらず、日本の半導体メーカーはそれまでと同じ仕様のDRAMを製造し続けた)。この点で、IBMも日本の大企業も変わりはない。違いは、IBMが90年代前半の時点で、過去の栄光と決別する決意をしたことである。

言うまでもないことだが、既存の企業文化やビジネスのやり方を破壊するだけでは十分でない。重要なのは新しいビジネスの方向付けを的確に行い、それを実現することだ。

正しい方向付けと正しい実行手段

ガースナーは、メインフレームの価格を引き下げて競争力を取り戻す一方で、「ソルーション」に大きく舵を取った。これは、システム構築からコンピュータの管理・運用・維持・補修にいたるまで、顧客の側に立ってすべてを引き受ける統合的なサービスである。この事業は、製品の製造と異なるのはもちろん、自社製品の営業とも異なる。

このためにソルーションの担当部署を増強したが、それだけでは改革は十分ではない。最大の障害はIBM内部からの抵抗だった。最適なソルーションのために他社の製品を推奨しなければならない場合もあるが、当然のこととして、社内の関連部門から猛烈な反発と抵抗が生じた。彼の本には、製品部門や営業部門の責任者がサービス部門の裏切りを何度もののしったとの記述がある。企業ビジネスモデルの転換とは、社内の反対勢力との戦い(そして説得と協力の取り付け)にほかならないことが、あらためてわかる。

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