近衛から朝議の顛末をすぐに聞いた大久保は、朝議の翌日にはアプローチ先を変えて、朝彦親王邸へと足を運ぶ。大久保に詰め寄られると、朝彦親王は「自分だけでは朝議を動かせない。関白二条斉敬と話すように」と伝えている。
朝廷のお家芸ともいえる「たらいまわし」にも、大久保は振り落とされない。すぐに二条邸に赴くと、午後からの朝議に向けて準備中の関白の手を止めさせて「長州征討の勅命を出すべきではない」と食い下がっている。説得は実に3時間にもおよんだ。
勝海舟も大久保の才を評価していた
おそるべき執念だが、諸外国の脅威が迫るなか、国内で争っている場合ではないことは、火を見るより明らかである。腹を決めた大久保は、テコでも動かない。「必ず成し遂げる」という強い信念を持ち、どれだけ抵抗されても、決して心が折れることはなかった。
勝海舟は西郷だけではなく、大久保の才も評価しており、こんなふうに語っている。
「情実の間を踏み切って、ものの見事にやりぬけるのは、大久保だろうよ」
だが、大久保の弁舌にもひるまない男が1人だけいた。大久保と同じく、強引な手法で相手をねじ伏せるのを得意とした、徳川慶喜である。「禁門の変」で西郷と同様に存在感を発揮した慶喜は、今や家茂を差し置いて「もうひとりの将軍」と呼ばれるほどの勢いがあった。
「大久保vs慶喜」――。かつて薩摩藩が擁立しようと躍起になった若きホープは、皮肉なことに今や大きな壁となって、大久保や西郷の前に立ちはだかろうとしていた。
(17回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』 (朝日文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
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