「中途半端な造船所はみんな潰れた。残ったところは、それぞれに光るものを持っている」
日本の造船業界の一大拠点、瀬戸内と並び称される九州北部。その潜在力について、日本造船工業会の檜垣幸人会長がそう語ったのは、昨年末の記者会見でのことだった。国内の船舶建造量を今後10年で倍増させるという工程表が政府から示されたのは、そのわずか1週間後である。
官民を挙げた「造船復活」構想が動き出す中で、九州北部、とりわけ長崎の存在が注目されている。江戸時代、鎖国下にあっても海外交易の玄関口として先端技術が流入した長崎は、明治以降、日本の重工業を支える要所となった。その中核を担ってきたのが造船業だ。しかし、長引く不況や中国、韓国勢との競争激化の中で、統廃合と縮小を繰り返しながら生き残りを図ってきた歴史も併せ持つ。
今、その長崎は、日本の造船業が抱える構造的課題を読み解くうえで、極めて象徴的な場所となっている。
世界でも類を見ない「4隻同時建造」という異能
長崎県西海市にある離島・大島。リアス式海岸と島々が連なる穏やかな海を背に、紅白の巨大クレーンがそびえ立つ。業界3位の建造量を誇る大島造船所の主力拠点、大島工場だ。同社はこの大島工場と、長崎市の香焼(こうやぎ)工場の2つを主要拠点とする。建造の総トン数では、首位の今治造船、2位のジャパン マリンユナイテッド(JMU)に次ぐ国内3位。隻数ベースでは近年、JMUを上回ることもある。
「世界的にも生産性が高い」(国土交通省幹部)とされる背景には、同社の明確な戦略がある。世界の大手造船所が顧客ニーズに応じて多様な船種を手がけるのに対し、大島造船所は、穀物などを運ぶばら積み貨物船、バルクキャリアの中でも3万~10万トン級に特化してきたのだ。業界で「バルクの大島」と呼ばれるゆえんである。



















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