グローバリズムは、米国発のイデオロギー 『グローバリズムという病』の著者に聞く

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──トッド氏は家族形態と株式会社を結び付けてはいませんね。

株式会社に結び付けたところは僕の見方で、歴史人口学の中に株式会社論はない。

──グローバリゼーションは自然なプロセスではないのですか。

商品経済の中では商品は他者を求め、国境を越えようとする圧力がつねに働く。本来なら、それに対抗してローカリズムの国民国家側はグローバリゼーションの弊害を除去しようと動くはずだ。国それぞれに発展段階があり、すべて一緒はありえないからだ。

株式会社と国民国家の発祥時期はほとんど同じ。しかし方向性は違う。グローバリゼーションは、それが進む中で、だんだん国民国家が邪魔になる。邪魔になってきたときに、株式会社が国家を踏み越えていく。その方向が正しいというイデオロギーがグローバリズムなのだ。

ダイバーシティの意味の解釈に誤解

──その象徴が米国の株式会社?

そう。米国企業は多角化戦略をダイバーシティと言う。ダイバーシティは、日本語に訳すともっぱら多様性だが、本来の意味はローカルに割っていくことだ。

ダイバーシティには二つの意味があって、地理的と商品的とで異なる。地理的では多国籍化する、商品的には多角化する。多国籍化は米国企業の場合、すべて米国化する、世界を一つの市場にしようとすることにほかならない。本来の意味のダイバーシティはすみ分けだから、反対の方向に動く。日本人はダイバーシティという言葉が好きだが、そこに誤解がある。

──もともと日本は多様な国だったのですね。

最も多様ではない国になりつつある。従来は商店街を歩けばいろんな店が並んでいた。そういう所は世界でも珍しかった。特に米国にはない。それに大企業もあれば中小企業も多い。それが共存してきた。

──グローバリズムの中で一般庶民はどう生きるべきですか。

株式会社にとっては、右肩上がりに生き続けることが埋め込まれた遺伝子だから、死ぬまで貫徹する。日本全体としては、成熟国家にふさわしいのは定常経済なのだろう。

さかのぼれば、アダム・スミスもジョン・スチュアート・ミルも言っている。成長しない時代がいずれ来るのだと。それが来た。来たのだが、株式会社が命を懸けてそれを拒んでいる。これは一種のイデオロギーだから、世界全体をしばらく覆っていく。

今経済で起きていることを大ざっぱに言えば過剰生産。カール・マルクスは過剰生産が資本主義を行き詰まらせると唯一無二の予言をした。私自身は、定常経済に向けて生活や価値観を変え、縮小均衡させていくべきと思う。全体に変化がはっきり見えるのは、50~100年後だけれどもね。

塚田 紀史 東洋経済 記者

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つかだ のりふみ / Norifumi Tsukada

電気機器、金属製品などの業界を担当

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