飲酒量が多かった江戸時代、酒はいくらだったか 日本酒が作られるようになった時代の飲酒事情

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近年、インターネットで注文を受けて料理を届けたり、ネットスーパーと称してスーパーマーケットで販売しているものを配達するサービスが人気のようだ。

しかし、江戸の町はそれより便利だったかもしれない。いちいち注文しなくても商品を持った商人が家の前まで売りに来てくれるからだ。江戸では朝ごはんを炊いて、朝、昼、晩と食べる。だから朝食に間に合うように、アサリやシジミ、納豆など炊き立てのご飯に合うようなものを売りに来る。

そのほか、豆腐、油揚げ、鮮魚、野菜といった素材、味噌、醬油、塩などの調味料、飴細工など子ども向けの駄菓子、初ガツオやところてんなど季節の味覚も楽しめた。

万治2年(1659)4月に、こうした行商人たちに対して鑑札を必要なものと不要なものに分ける町触(まちぶれ)が出されたが、このうち食品関係はほとんど鑑札を必要なしとした。

具体的には、たばこ、魚、季節の果物など計12品。ちなみにこれらの商品を商ってよいとされたのは、50歳以上と15歳以下の者に身体の不自由な人。当時、50歳は高齢者とされていたから、社会的な弱者たちの救済措置という意味もあったといわれる。

枝豆はいくらで買われていた?

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この鑑札を必要としない中に枝豆の行商人があった。夏の夜の商売で、生活に困った人が売ったという。

京都や大坂では「湯出さや、湯出さや」という売り声で、ゆでて豆を枝から外して鞘の状態で売っており、買ってすぐに食べることができた。このため鞘豆といい、豆が入った籠を肩に担いで売っていた。

一方、江戸では「枝豆や、枝豆」といい、枝に豆がついた状態で豆が入った籠を脇に抱えていた。売り手は男性も女性もいたが、江戸では女性が多かったという。

分量は不明であるが、1回分を30文(900円)で買ったという記録もあり、今から考えるとずいぶんと高い食べものであった。

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