いま再び「幸福」が社会的テーマになっている理由 「自己実現」のさらにその先にある「自己超越」

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ある意味で、その答えは以上に述べた「幸福の重層構造」についての説明の中にすでに含まれている。つまり、政府ないし行政が「幸福の公共政策」として重点的に取り組むべきは、ほかでもなく先ほど「幸福の基礎条件」あるいは「幸福の土台」と呼んだ、ピラミッドの下部の「生命/身体」に関わる領域に関する保障であるだろう。

具体的にはそれは、医療・福祉などの社会保障、人生における“共通のスタートライン”を保障する教育、雇用などに関するセーフティーネットなどである。実際、先ほど紹介したように幸福度に関する政策をパイオニア的に進めてきた東京都荒川区が、最初に取り組んだテーマも「子どもの貧困」だった。人生における“共通のスタートライン”の保障とも呼べることであり、それはまさに「幸福の基礎条件」である。

本稿の前半で、「幸福政策」という考え方への疑問として、「『幸福』は個人によってきわめて多様かつ『主観的』なものであり、それを数字で指標化することなどできないし、ましてやそれを行政が『政策』に活用するといったことはありえない」という批判があると述べた。しかし以上のような「幸福の基礎条件」ないし「幸福の土台」の領域は、先ほども指摘したように十分に客観的であり、個人の多様性の基盤にある、普遍的な領域と言えるのである。

このように、政府あるいは公共政策がまずもって取り組むべきは「幸福の重層構造」のうちの土台部分であるが、若干の補足をするならば、近年、ピラミッドの真ん中の「コミュニティ」の重要性がさまざまな面で注目されており――たとえば、高齢者がコミュニティでのさまざまな関わりを持っていることが心身の健康につながり、ひいては“介護予防”の効果ももっているといった例――、したがってそうした「コミュニティ支援政策」も公共政策として重要な意味をもっていることを付言しておきたい。

ビジネスとしての「幸福」または「ウェルビーイング」

政府ないし行政が「幸福」に関わる主領域について述べたが、では民間企業の場合はどうか。

まず大きくいえば、政府や行政とは逆に、「幸福の重層構造」におけるピラミッドの“中層”以上の部分、つまり「コミュニティ」や「つながり」、そして上層の「個人」の自己実現や創造性(クリエーティビティー)に関わる領域が、民間企業のビジネスと親和性が高いと言えるだろう。同時に先ほども指摘したように、こうしたピラミッドの上層部分になればなるほど、それはきわめて「多様性」に富むものになっていくので、それらは従来よりも“細分化ないしセグメント化されたマーケット”になっていき、画一的な製品や一律のサービスでは対応できなくなっていく面がある。

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