いま再び「幸福」が社会的テーマになっている理由 「自己実現」のさらにその先にある「自己超越」

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もちろんそれは“快適”な面ばかりではなく、そこには「愛憎」や「葛藤」、さまざまな「しがらみ」「拘束」等々といったネガティブな要素も生まれる。しかしそれらを含めて、コミュニティあるいは他者との関係性から生まれる情緒的安定や帰属意識、「承認」や誇り、自尊心といったものが、人間の「幸福」にとってきわめて重要な位置を占めているのは確かなことだろう。

冒頭で述べた「GDP」との関連でいえば、以上のような「コミュニティ」や「つながり、関係性」に関わることは、実はGDPそのものには含まれていないことに気づく。けれどもこうした側面が、上記のように人間の情緒的安定や精神的な充足に深く関わっており、したがって「幸福」と何らかの関係にあることは確かだから、ここに「GDP」と「幸福」の間に乖離が生じる理由の1つがあるとも言えるのである。

ちなみに、国連の関係組織である「持続可能な発展ソリューション・ネットワーク」が数年前から『世界幸福報告(World Happiness Report)』を毎年公表しているが、その2021年版では日本は56位で、かなり低いポジションにある。この報告書はそれをいくつかの要素に分解して説明しているのだが、日本において特に低い項目の1つに「社会的サポート」という点があり、これは“困ったときに助けてくれる人がいるか”という点に関するものである。まさにここで論じている「コミュニティ」や「つながり、関係性」に関わる点であり、現在の日本社会の根本にある課題と言えるだろう(拙著『コミュニティを問いなおす』参照)。

以上、幸福の重層構造ということで、「個体(生命/身体)」のレベル、「コミュニティ」のレベルと見てきたわけだが、最後にピラミッドの一番上の層は「個人」に関わる次元である。これは「自由」や「自己実現」「創造性」といった価値に対応するものだが、ここで重要な点は、想像できるようにこの層に至ると個人の「多様性」ということが前面に出ることである。したがってこの次元に注目すれば、先ほどの幸福指標への「疑問」にも示されていたように、まさに“幸福のかたちは人によって多様”となり、一律の尺度をあてはめることは困難になる。

人生の姿は無限に多様であり、それぞれの人の人生の「幸福」を、1つの物差しで評価できるはずなどないというのは、ほかでもなくこの次元に対応していると言える。

公共政策としての「幸福」

以上、「幸福の重層構造」ということを指摘し、人間の幸福にはある程度共通的な“土台”の部分から、個人差の大きいレベルまでの階層的な構造があることを述べた。ではこれは先ほど指摘した、幸福に関する「政策」は可能かという問いや、あるいは幸福をめぐっての「公共政策(政府)」と「民間企業」の役割分担はどうあるべきかといった点とどう関係してくるだろうか。

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