いま再び「幸福」が社会的テーマになっている理由 「自己実現」のさらにその先にある「自己超越」
もちろん、ピラミッドの土台にある「生命/身体」に関わる領域、あるいは“幸福の物質的基盤”の次元も、実際には日々の食事を含めて日常生活の“衣食住”がそれに該当するので、これらの財・サービスはマーケットを通じて民間企業によって提供されているわけである。しかし現在の先進諸国においてはこうした“物質的需要”は大方満たされているので、自ずと今後発展していくマーケットはどこかとなると、やはりピラミッドの中層・上層部分ということになる。
逆にいえば、本稿の冒頭から述べているように、経済ないしビジネスの領域において近年「幸福」あるいは「ウェルビーイング」というテーマへの関心が高まっているのは、こうした「幸福の重層構造」のピラミッドにおける中層そして上層部分(特に上層部分)が、いわば人々の需要の“最後のフロンティア”として立ち現れ、かつ認知されるに至っているからと言えるだろう。
しかし一方、この“「幸福の重層構造」のピラミッドにおける中層・上層部分”は、先ほど指摘した「多様」であることに加えて、ある意味で非常につかみどころのない、定量化や把握が難しい領域である。ピラミッドにそくして上層部分を説明した際、それは「自己実現」や「創造性」といった価値に関わる領域であると述べたのだが、はたしてそれはどのような中身になるのだろうか。
マズローの議論と「自己超越」
実は、意外にもここで手がかりとなるのが、よく知られたアメリカの心理学者マズローの議論である。あらためて言うまでもないかと思うが、マズローは(図2)に要約されるような人間の欲求の階層構造を示した(図のうち「個体」「コミュニティ」「個人」という記載は先ほど図1にそくして行った議論と関連をもたせたものである)。
(外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
これについてはさまざまな批判もあり、また私自身、“このくらいの内容なら中学生でも考えるだろう”といった感じで以前はマズローの議論をとらえていたのだが、最近になって彼の議論には、地球環境問題との関わりなどを含め、きわめて現代的な状況に通じるような深い論点が含まれていることに気づかされるようになった。
ちなみに、本稿のテーマである「幸福」や「ウェルビーイング」をめぐるテーマに光をあて、それを学問的な研究対象そして社会的な関心事にしていくにあたり貢献したのは、1990年代頃から浮上してきた「ポジティブ心理学」と呼ばれる領域である(ポジティブ心理学については例えばセリグマン『ポジティブ心理学の挑戦』参照)。
そして、実はマズローの議論や彼の「人間性心理学(humanistic psychology)」と呼ばれるアプローチは、ポジティブ心理学の主要な源流の1つとされているのであり、つまりこうした流れにおいてもマズローと「幸福」のテーマは自ずと結びつくのだ。
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