デキる人がこっそり使う「心に響く話し方」3技術 データもロジックも「これ」がなければ効果半減

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3.「ストーリー」を語る

そして、提案に対する自分やチームの「思い」を語ります。思い入れがあります、と直接言うより、どれだけ思い入れがあるかを伝える、ちょっとしたエピソードがあれば効果的です。「彼女は悲しい顔をした」と直接言うより、「彼女はポットに沈殿し澱になった、紅茶の葉をじっと見つめた」と言ったほうが説得力があるのです。

例えば、車のディーラーで、営業パーソンがこんなことを語ってくれたとします。「この○○は、私が小学生の頃の親父の愛車だったんです。その頃は嫌いでして。でも、私も子供ができて、車を選ぶとなるとやっぱり○○を選んでしまうんですよね。子どもを座らせる後席の安全性が抜群なんです」。このようなエピソードは、どんな言葉より雄弁に思い入れを語ってくれます。

営業パーソンが語るそんな話を、ビジネスに私的な話は不要、と一刀両断する人はいるでしょうか。私事で恐縮ですが、と前置きされ、私事を語るなど失礼だ、と憤慨したことはあるでしょうか。

「私事」に引け目を感じるのは話し手だけです。企画の提案時にエピソードを話し、そんな私的な話をするな、と気分を害する承認者はまずいません。

近年話題を集めるブランドの「パーパス」も、それを裏付ける誕生秘話やヒストリーも、言ってみればみな「私事」です。人々はむしろ、商品やサービス、企画提案の裏にある「私事」を求めているのです。冒頭のスピーチで私の心を打ったのも、副社長の「私事」でした。

腹落ちアプローチは「データの威力」を高める

企画を通すのがあまりうまくない人のアプローチは、データとロジックを駆使し、頭に働きかける「説得アプローチ」です。それに対して提案巧者のアプローチは、対話と巻き込みとストーリーで心に働きかける「腹落ちアプローチ」です。

腹落ちアプローチは、説得アプローチの上位互換とも言えます。つまり、心を動かす土台を整えつつ、データとロジックで要所を締めるハイブリッド型も展開できるのです。

「腹落ちアプローチ」を心得た人は、企画を通し、それを実現するのが上手です。それゆえ評価も高くなり昇進も早い。昇進すると、今後は企画提案を受ける機会が多くなりますが、そうするとさらに「説得アプローチ」の限界に気づきます。自らが「説得される」経験をすることで、その難点を日々実感するからです。

このようにして、優れたビジネスパーソンほど、「腹落ちアプローチ」を巧みに駆使するようになるのです。「副社長」のような上位者ではなくても、むしろ逆の立場であればこそ、この「腹落ちアプローチ」は力を発揮します。そうして上位に上り詰めた人ほど、「説得される」のが嫌いなものだからです。

そして、腹落ちアプローチには、人の行動を変えるばかりでなく、ときに人の人生や生き方までも変える力があります。冒頭の副社長の話は、その時、私を奮起させたばかりでなく、話し方や伝え方に対する考え方を180°変えてくれました。

そのことが、こうして原稿を書く機会を与えてくれ、本記事冒頭で紹介している書籍まで出版させてくれました。いやはや、最後の最後まで「私事」で大変失礼いたしました。

井上 大輔 マーケター、ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部 メディア統括部長

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いのうえ だいすけ / Daisuke Inoue

ミュージシャンを志すも挫折。小さな広告会社でプランナーの仕事を始める。当初はまったく仕事のできないお荷物社員だったが、マーケティングの英知から学んだ「仕事とは人の役に立つこと」という思想に目覚めて以降、仕事にかぎらずあらゆる場面で「必要とされる」ようになる。

以降ニュージーランド航空、ユニリーバ、アウディジャパンなどでマネージャーを歴任。ヤフー株式会社MS統括本部マーケティング本部長を経て現職。

雑誌・Web媒体への寄稿や講演会・セミナーへの登壇多数。NewsPicksアカデミアプロフェッサー。著書に『デジタルマーケティングの実務ガイド』(宣伝会議)など。

 

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