仕事のできない人は「人間洞察」の本質を知らない 楠木建×山口周「首尾一貫した人間なんていない」
センスメイキングとは「人間洞察」
楠木建(以下、楠木):最近いい例だなと思ったことのひとつに「Suica」の改札機のデザインをした山中俊治先生(東京大学生産技術研究所教授)の話があります。山中先生によると「デザインの本質というのは、それを使うお客さんが無意識に使いこなせるところにある。その意味でのデザインは最高度の人間洞察を必要とする」とおっしゃるんですね。
だいたいSuicaの改札機の形状なんて、普段、誰も意識して見ていないし誰も覚えていない。それがいちばんいいことなんだって言うんですよ。デザイナーというと創造性に満ちていて自分の個性爆発で……というイメージですが、実際は自分を限りなく小さくしていかないと、本当のデザインはできない。
初めにSuicaの技術が出てきたとき、切符を中に入れる改札機はあったんだけれども、「かざす」という行為についての理解というか、そもそも概念が人々の中にない。しかもかざしてもらって一定時間そこでスローダウンしなければいけない。そうやって待ってもらわなきゃいけないというのが技術的な要請としてあった。そこをどうすればいいのかということが、Suicaの改札機のデザイン上の重要な問題だった。
そこで山中先生は人間の本能に立ち戻って考える。で、「光るとそれに反応する」とか「ちょっと手前に傾いていると少し速度を落とす」というアイデアを得るんですね。そういう人間の本能の理解を形状化するということが、デザインの本質なんだという話です。これも要するに人間洞察ですね。
山口周(以下、山口):デキる人というのは総じて「人間をわかっている」ということなんでしょうね。「人間」というシステムを部分化せず、総体として洞察している。スティーブ・ジョブズは市場調査に非常に否定的でしたけど、これがウケるかウケないかを直感的に把握できるということは「人間をわかっている」ということで、それをわざわざ調査してデータを集めて「購買意向は◯パーセント」みたいに検証しないと前に進めないというのは、「人間をわかっていない」からということなんでしょうね。