仕事のできない人は「人間洞察」の本質を知らない 楠木建×山口周「首尾一貫した人間なんていない」
楠木:日本経済新聞で読書にかかわる随筆の連載をしたことがあって、そこで書いたことなんですけど、松下幸之助って本当に言葉が強い人で、だからこそ『道をひらく』(PHP研究所)という本が今でもベストセラーになっている。あれは本当に素晴らしい本だと思うんですよ。
言葉にしてしまうと「自分の道を生きろ」とか「素直な心」とか……読み手からすると「まあ、そうだよね」っていうだけのことになってしまうんですが、短い文章のなかで選ばれている言葉や言い回しには本当に迫力がある。これはなんでだろうと思ったときに、『血族の王 松下幸之助とナショナルの世紀』(岩瀬達哉著/新潮文庫)という人間・松下幸之助の負の側面も直視した評伝があるんですよ。これがまた面白いんですね。
松下幸之助さんにはお妾さんがずっと別にいて、一緒に事業をつくってきた奥さんをないがしろにしていたとか。それから、経営者としてはある意味健全だと思いますけど、儲けに対するものすごい執着があったとか。あと時代が変わっていっても過去の成功パターンに執着して、どうしても重要な意思決定ができないとか。
いちばんモメたのは、袂を分かった井植歳男(いうえ・としお)さん(松下電器産業=現・パナソニックの創業メンバー、三洋電機の創業者)との確執。それから自分の子どもにどうしても会社を継がせたいんだけれども、上場企業なのでそう簡単ではなくて迷走したりとか。
実際は「素直な心」どころではないのですが、だからこそ僕はこの本を読んで、ますます松下幸之助への尊敬の念を強くしました。松下幸之助ほどの人でも自分の中に矛盾を抱えている。そういう自分だからこそ、本当に気合いを入れて念じるように素直な心が大切だと説いた。だからこそ言葉に力があるし、世の中の人々の心に訴えたんだと思うんです。
一流の人は「自分が小さい」
楠木:山口さんがご本で書かれていた「大人とおっさんの違い」というのも、この話とけっこう絡んでくるんじゃないかと思います。何かこう、人間理解が平面的な人というのがダメなんじゃないかなという。一流、二流、三流を区別するポイントとして、二流の人というのは「自分が二流だということをわかっている」けれども、三流の人は「そういう意識がない」ということなんですよね。これがすごく面白いなあと思って。
山口:一流の人になるともう、二流とか三流などという評価自体がどうでもいいし、気にならないと思います。
楠木:そうなんですよね。
山口:確かに、この話も「自分が小さい」という話に通じますね。
楠木:あと二流の層の厚さみたいなものって、けっこう社会として健全だということですよね。三流が増えちゃうと問題なんだけれども。
山口:僕が本に書いた話はかなり概念的なものなんですけどね。