2つ目は「『抽象的』で『何の絵も浮かばない』言葉」ばかりを使っていることです。
安倍氏が使ったような、「感動」や「絆」といった抽象語は人の心を1ミクロンも動かしません。
感動は押し付けられるものでも、与えられるものでもないわけで、まったく刺さらない抽象語を多用するのも、昨今の日本の政治家の特徴です。
先日の会見でも、菅首相は「安心・安全の五輪」を連呼していましたが、こうした抽象語は聞き手の心に何のイメージも喚起しません。
「全人類の努力と英知」であるとか「子どもたちに夢と希望」など、まるで「昭和歌謡の歌詞」のような使い古されたポエムは心に響きません。
たとえや具体的な事例、物語、インパクトのある数字やデータ、画像、動画などを活用して、「『死んだ言葉』を『生きた言葉』に置換する地道な作業」が必要なのです。
「なぜ、緊急事態宣言が必要か」「なぜ、オリンピックを開くのか」。今、われわれの頭の中には数多くのクエスションマークが渦巻いていますが、何ひとつ満足のいく回答が得られていません。
人を納得させるために、最も必要なのはその「なぜ」という疑問に答えてあげることです。犯罪や事故のニュースを見て、何を思いますか? 「なぜ、起きたのか、起こしたのか」ではないでしょうか。
人は根源的に「なぜ」「Why」を探求する生き物です。そこがきっちり説明されないことに異常にもどかしさを覚えるのです。
残念ながら、多くの日本の政治家には、この「なぜ」の大切さを理解せず、ロジカルにわかりやすく説明する力が欠如しています。
コミュ力改善の「話し方ブートキャンプ」が必要
ほかにも、星の数ほど改善すべき点はありますが、「なんとかしよう」という切迫感、危機感を持った人は、ほとんどいません。
国会議員や官僚など、この国を引っ張る立場の人たちは全員まとめて、「コミュ力改善の『話し方ブートキャンプ』」で修業をしていただきたいものです。
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