壮絶な「いじめの記憶」に苦しむ47歳男性の叫び 「加害者」は普通に就職して結婚して新築に住む

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「助けてくれる人が誰もいなかった」。トモノリさんはそう何度も繰り返した。

これがトモノリさんの子ども時代の思い出だ。子どものやったこととはいえ反吐がでる。

いじめられた記憶はその後もトモノリさんの人生に暗い影を落とし続けた。高校卒業後の就職先は、いずれも通勤に1時間近くかかる隣町にある会社を選んだ。「狭い町ですから。同級生にばったり会うのが怖かったんです」。

ひきこもり状態になったときに精神科を受診したところ、対人恐怖症とうつ病と診断された。発達障害の典型的な二次障害だが、原因はあきらかに子ども時代のいじめである。

特に対人恐怖症の症状は深刻だ。人の多いところでは、めまいと立ちくらみがして、恐怖心からその場にしゃがみこんでしまう。電車やバスに乗れないのはもちろん、車も込み合う時間帯は運転できない。「反対車線に止まっている車の運転手の視線が怖い」のだという。今も通勤には車が必要だが、ラッシュ時を避けるため、工場には定時より1時間ほど早く出勤している。

免許の更新手続きも、社協での相談も、込み合っている時間帯は建物に入ることさえできない。コンビニもすいている店舗を探して1、2時間うろうろすることも珍しくない。「店内にお客さんが1人、2人なら大丈夫ですが、5人以上いるとダメです。人が減った瞬間に慌てて(入店して)買い物をします。自分でもこんな生活をいつまで続けるのかと思うと情けなくて……」。

炭酸飲料を一気に飲んで夕食を抜く

父親はすでに亡くなり、年金暮らしの母親と同居している。家計はつねに厳しいので、食事を1日1食にすることもある。そんなときは500ミリリットルの炭酸飲料を一気に飲んで腹を膨らませて夕食を抜く。築80年近くたっている家は雨漏りがひどいが、修復する余裕はない。せっかく発達障害と診断されたのに、病院代を払えないので処方薬も服用できていない。虫歯も放置したままで、奥歯を中心に歯はボロボロだという。

近所にはトモノリさんをいじめた人たちの家もある。「彼らは普通に就職して、普通に結婚をして。家が新築になったり、車がファミリーカーに変わったりするのを見るたび、なんで僕だけがと、やりきれない気持ちになります」。

本当は誰も自分を知らない場所で再スタートしたい。しかし、お金もなく、対人恐怖症という爆弾を抱えていてはそれも難しい。トモノリさんが「何もないんです、僕には」とつぶやいた。友達も、思い出も、恋人も、救いも、希望も、未来も、何もないのだ、と。

トモノリさんが編集部にメールを送った理由をあらためて説明する。

「今はたしかに比較的恵まれた状態にいます。でも、それでもなおつねに死にたいと考えながら毎日を生きています。そのことを知ってほしかった」

いじめたことも忘れ、何食わぬ顔で生きているかつての同級生たち。これはトモノリさんから彼らへのメッセージなのかもれない。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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