就活生が感じた「学歴フィルター」の不条理

「送信した途端落選」「説明会が満席表示」の声も

明治から戦前の日本では大学数も学生数も少なく卒業生は希少であり、学士様として尊敬、尊重された。福沢が予見したとおり、学問によって立身出世が可能だったのだ。

学歴主義による人材供給は戦後も続き、戦後復興と高度経済成長を支えた(1953年に戦前の水準を上回り、1955~1973年の18年間の年平均経済成長率は10%以上)。ただし、学士の希少性は薄れていく。進学率が上がって学士が増え続けたからだ。

高等教育の進学率について有名な研究がある。アメリカの教育社会学者・高等教育研究者マーチン・トロウは、進学率15%未満を「エリート段階」、50%未満を「マス段階」、50%以上を「ユニバーサル段階」と呼び、高等教育の量的拡大が質的転換につながることを指摘した。

日本では、大学・短大の18歳人口を基準とした高等教育進学率は、1960年代前半に15%を超え、1975年度に38.4%に達して、高等教育のマス化が急速に進行した。進学率はその後一時的に安定したが、平成に入ってから再び上昇して1999年度には約49%とユニバーサル段階に入った。大学進学率に限ると2009年に50%に達している。

先にも書いたが、戦前の日本では大学数も学生数も少なかった。ところが、戦後の日本では大学数も学生数も多くなり、大学卒業生の価値は劇的に低下していった。しかし、希少な大学(代表格は旧帝大・早慶など)への評価は下がらなかったので、1960年代から70年代にかけての日本で激烈な受験戦争が起こったのだろう。

確かに有力大学と産業界の絆は強く、就職は有利だった。理系の推薦制度は一種の縁故採用と言えるだろうし、文系のゼミでも似たような関係はあった。また、アスリート系に関してもサッカー部員や野球部員の採用枠を設けている企業は1980年代まで珍しくなかった。

このような癒着構造に対する批判は強かった。また、受験戦争に必須の詰め込み教育に対する反省から、1990年代に入ってゆとり教育が始まっていく。そして、企業の採用活動でも透明性を標榜する企業が現れた。ソニーの「学歴不問採用」だ。

エントリーシート登場から30年

新卒採用の歴史にはいくつかの転機があるが、1991年のエントリーシートの登場もそのひとつだ。それまでの新卒採用には「指定校制度」があり、大企業のなかには指定校の学生しか応募できないこともあった。大学だけでなく、一般職の短大でもそうだった。

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そんな状況を一変させたのがソニーだ。1991年にソニーは学歴不問採用を表明し、学歴を問わない代わりにエントリーシートの提出を求め、志望動機や実績などを問うたのだ。以来30年が経過し、エントリーシートは新卒採用の定番課題になった。誰もが情報を見られるインターネットの普及がそれを後押ししたともいえる。どの企業でも学歴不問採用が表面的には当たり前になった。

ただし、実態は曖昧模糊としている。学生の証言にあるように、学歴によってかなり選考での待遇が異なることは確かである。

一方で、今回の調査で「学歴フィルターがある」と回答した学生は半数にとどまっている。半数は感じていない。学歴フィルターがあったとしても学生が気付かないほど希薄だとも言える。また、国内の学歴がグローバルビジネスで有効かと言えば、あまり役に立たないだろう。ローカルな学歴フィルターは、もはや時代遅れだと気づくべきではないだろうか。

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