「余命1週間の母」を笑顔で見送った家族の結束 ハンバーグを食べコーヒーを飲んだ最期の日々

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「良平の最後は自力で食べられない状況でした。でも、母は亡くなる当日の昼食まで食べられた。良平への後悔をふまえ、食べることが大好きだった母の価値観と生き様を見てきた私が、たとえ寿命を縮めても、大好きなものをできる限り食べて、母らしく生き切ってほしいと思ったんです」

母親の意思も確認済みだった。長男を在宅介護した経験もあり、痰の吸引やオムツ交換の手際は、一般的な看護師より数段上だったと、元看護師で看取り士の清水直美は話す。

「お母様が食べ物を喉につまらせた場面も見ました。早智子さんがすぐに抱き起こし、吸引機の管を入れやすい角度に背中を傾ける。するとご主人の泰夫さんか、長女の彩子(あやこ)さんが、吸引機の管を口腔内に的確にさし入れ、つまらせたものを瞬時に吸い取る。完璧な連携プレーにビックリしました」

でも、圧巻なのはその後なんですよと清水が続ける。

早智子さんが「お水飲める?」と確認し、母親がうなずくと、まずは水を少量飲ませる。母親が飲むと、「どうする? まだ食べたい? 」と再び聞き、母親がうなずくと、食事がすぐに再開された。母親の食べること、娘の食べさせることへのただならぬ執念を感じさせる光景だったという。

「病院の看護師なら誤嚥されるのが怖いから、食事は中止します。お母さんも喉につまらせると息ができず、苦しいですしね。でも、ご家族の愛が、母娘の揺るぎない信頼が、看護技術や経験をはるかに上回っているから、喉につまらせた直後でも食べさせられるんですよ。ご家族でここまでできるんだって、私はもう完全に圧倒されました」(清水)

約13年間、臨床の現場で働いていた元看護師の清水は、興奮気味にそう強調した。むしろ痰の吸引が家族には怖くてできないからと、在宅介護を諦める人たちも多いのに、だ。

看取り士の清水が、早智子らに看取りの練習を実施したのは同年9月下旬。早智子と夫の泰夫、長女の彩子、彩子の長男で小学2年生の奏人(かなと)が参加した。子どもも家族の1人として尊重するのが守本家方式。清水に看取りの作法についての説明を聞き、家族で交互にやってみた。

「まるで答え合わせみたいでした、良平さんをご家族で看取られたときの経験を踏まえて、『あのときも、こうしてあの子を抱きしめて、腕や脚をさすりながら、口々にありがとうって声がけもしたよね』って、皆さんが顔を見合わせながら、話されていました」(清水)

ひ孫も参加した大切な練習

母親の彩子さんに看取り練習中の奏人君(写真:守本さん提供)

極め付きは、彩子の頭を自分の小さな両膝にのせた小2の奏人。彼は、「ありがとう」「大丈夫だよ」と言いながら、母親の顔を小さな体で抱きしめた。すると奏人はふいに涙目になり、1階に一人降りて行った。

すぐに追いかけた彩子によると、ひーばぁ(玲子)だけじゃなく、母の彩子さえも死んでしまうんじゃないかと急に悲しくなったが、その場で泣いてはいけないと思ったという。彩子は半時間ほどかけて、息子に穏やかに話した。

「人も動物も生まれたら、必ず死ぬものなんだよ。ひーばぁもその旅立ちに向けて準備をしているの。だから、みんなでこうしてそばにいるんだよ。死ぬことは怖いことではないし、恐れるものでもない。奏人も初めて練習して悲しかったり、怖かったりしたかもしれないけど、大切な練習だからね」

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