金融危機は、為替レートの大きな変化を引き起こした。
円ドル・レートについて見れば、2007年の6月に1ドル=123円程度であったものが、7月末から急激な円高に転じ、年末には110円台になった。さらに、09年3月には90円台にまでなった。
こうした急激な変化を引き起こした最大の原因は、キャリー取引の巻き戻し(unwinding)である。すでに述べたように、円キャリーで日本から流出した資金は、アメリカで住宅ローンやその証券化商品などに投資されていたと考えられる(その他の国で不動産関係の投資に充てられていた可能性もある)。
住宅価格の崩壊でこれら投資対象の価格が下落したため、投資を手仕舞い、ドルを円に転換して返却する取引が急激に増えたのだ。これは円を購入する取引であるから、円高を引き起こす。私は07年5月に刊行した『資本開国論』の中で、「円キャリーの逆戻しが起これば急激な円高が生じる」と書いたが(266ページ)、現実にそうしたことが生じたのだ。
つまり、円高犬は、眠ってはいたものの、死んでしまったわけではなかった。金融危機という非常ベルを聞いて、飛び起きたのである。
もっとも、巻き戻しがどの程度の規模のものであったのかを具体的に評価するのは難しい。ただし、手掛かりはある。第10回で述べたように、国際収支表の「誤差脱漏」はキャリー取引に密接に関連していると考えられるが、これは07年から09年の3年間で、9・2兆円の流入になった(08年だけで5・2兆円)。これは同期間の資本収支(53・7兆円の流出)の17%にも相当する巨額なものだ。さらに、直接投資や証券投資が08、09年も流出だった中で、この項目だけが従来の流出から急転して流入に転じたことも注目される。
9・2兆円の流入によって、03年から06年の期間における流出額10・3兆円の大部分はオフセットされた。仮に「誤差脱漏」が円キャリーの全貌を示しているのだとすれば、ほぼ完全に巻き戻されたことになる。ただし、「誤差脱漏」の額は、キャリー取引の全貌を示すものではなく、その一部を示すのみなのであろう。