ところで、すでに述べたように、為替レートには、キャリー取引が大きな影響を与えている。そしてその実態はよくわからない。ただし、金利の動向と将来のレート見通しによって影響されることは間違いない。
こうした不安定なものに製造業の利益が振り回されるのは問題だと考える人がいるかもしれない。しかし、これまで述べてきたことをもう一度思い起こしていただきたい。輸出において実力以上の価格競争力を得るために円安を望み、そのために為替介入を行って無駄な外貨準備を積み上げたのである。これは、「円高犬を眠らすための眠り薬のコスト」だったのだ。しかし、その試みが結局は失敗して、これだけの損害が生じたのである。
では、キャリー取引は復活するだろうか? 海外との金利差が拡大しつつあることから、それを期待する向きもある。しかし、金利差だけでは復活しない。第一に、高い利回りをもたらす投資先が必要だ。アメリカとの間では、証券化商品という投資先があったが、これを復活させるのは困難だろう。リスクを取るわけだから。長期国債の利回り差程度では不十分だと考えられる。
第二に、レートが不利な方向に動かないという期待が必要であり、そのためには、03年に行われたような大規模な介入が必要だ。しかし、それを行う余裕は、現在の日本にはない。
第9回に述べたように、異常な状況を実現するには、いくつかの要素を集めてアーチを作る必要がある。すべての要素をそろえられない現状では、それは難しい。したがって、かつてのような円安には復帰できないと思われる。
【関連情報へのリンク】
・セイフヘイブン効果について Dollar appreciation in 2008: safe haven, carry trades, dollar shortage and overhedging, BIS Quarterly Review, part 6, December 2009
・図(金融危機前後の為替レートの推移)のデータ Exchange rates during financial crises , BIS Quarterly Review, March 2010
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。
(週刊東洋経済2010年4月24日号 写真:今井康一)
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