北海道のTVマンが記した「デス・ゾーン」の真意 開高健ノンフィクション賞・河野啓氏に聞く

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――もうすこし、説明してもらえますか。

自分のない人間が、いま叩かれている人の情報を知り「歪んだ正義感」をもって攻撃をしかけていく。逆説的ですが、栗城さんはそういうことはしなかった。攻撃された相手に言い返すというのはしょっちゅうやっていたけれども、すくなくとも僕が知る限り、自分から叩きにいくということを彼はしなかった。

占い師さんの取材をしていて「単独」という言葉が浮かんできたとともに、これは本にも書きましたが、自分がひとりぼっちになったような気になったんですよ。占い師さんの事務所を去ったあと、物悲しいというか、人恋しいというか、背中の汗がすっとひいていく感じがしたんです。そのとき「単独」というのがこの本のテーマかなと思ったんです。

メディアの一員として考えていることを正直に書いた

――なるほど。その「単独」とも関係しますが「あとがき」のところで、タイガーマスクのエピソードが出てきます。栗城さんの姿を覆面レスラーと重ねられていて、するどい解釈だと思いました。

実際、彼がタイガーマスクの覆面を被って現れたことが何回かあったんですよ。オセアニア最高峰のカルステンツ・ピラミッドに登って帰国した際にも、新千歳空港の到着ロビーを通過するとき覆面を被ってガッツポーズをしていた。その理由を聞けばよかったんですが、あれは、なぜ被っていたのか。ただ単に好きだったのかもしれない。誰かのために何かをする主人公に惹かれていたのか。あのマスクを被っている彼の姿が浮かぶとともに、舞台を生きた男だったんだなと。

アートの世界ではバンクシーという素性を明かさない覆面アーティストが称賛されていますが、栗城さんは素顔を明かすことで持ち上げられもしたけれど、ネットですごく叩かれもした。もしも「覆面登山家」でいたら、彼は死ぬこともなかったかもしれない。いろんな思いが交差して、ああいうあとがきになりました。

2008年当時の栗城史多さん (写真:石崎道裕さん提供)

――この本で印象的なのは、テレビが栗城さんを祭り上げた「罪」について書かれている。彼が掲げていた「単独無酸素」も調べれば言葉の矛盾に気づいただろうに、スルーしてしまっていたこと。タレントのように持ち上げはしたけれど「人間として愛していたのか」。

反省の一つひとつは過去形でなく、メディアのあり方を問うものとして現在進行形となって響いてきます。「個」の肉声としてわざわざ、そのことに触れていることに書き手の誠実さを感じました。

栗城さんの人生をたどるときに、私はネット情報に頼らざるをえなかった。私が取材した後の栗城さんを知らなかったので。そのときにメディアの罪を問う声が非常に多かったんです。「自分たちが売り込んだことにあまり無自覚すぎる」とか。そういうネットの声に触れておかないわけにはいかないだろうと思ったのと、自分の反省も含めて、正直にメディアの一員として彼とどう付き合い、いま考えていることは書いておこうと。

彼が野球選手やサッカー選手であれば、ルールも、選手としての技量もわかりやすいのですが、登山というスキマをついたところにいた。それと彼の映像が本当に面白くて、その映像に乗っかってしまったという反省がある。

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