教職員の異質許さない「ムラ社会」で起こる悲劇 生徒と一触即発も助けない、仲間同士のいじめも

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長い動画には教員と生徒のやりとりが映る。生徒の挑発の仕方は、いわゆる「ヤンキー」の古典的なやり方である。2人が教室外に出ても他の生徒たちは教室内にとどまり至って静かである。次第に切迫した状況になり、教員、生徒双方から大声が発せられ、心配した生徒が数名出てくるのだが、他の教員の姿は全く見えない。

授業に集中できない生徒がいる学校では空き時間の教員が校舎内を巡回し、大声が聞こえた場合にはそこに駆けつけるのが生徒指導の常道なのだが、ここでは教員の姿は全く見えない。あくまで、1人の教員が孤軍奮闘しているのである。

この教員は同校の赴任が2018年4月で、その前は、東京に隣接する県の文武両道を校訓とする県立高校に勤務していた。赴任1年目なので同僚との信頼関係ができていないのか、あるいは教員の年齢構成上の問題があったのかはわからない。彼の生徒指導の方針が現勤務校の方針と合わなかったという可能性もある。

けれども、教員と生徒が一触即発になる場面は学校現場では最大級の危機であり、何を差し置いても同僚がその場に行くのは当然のことである。

「ムラ社会化」する教員集団

神戸市立東須磨小学校の教諭4人が後輩の教諭に暴行や暴言などを繰り返していた事件に際して、神戸市教育委員会は「仲間意識を大切にしてきた」と述べたが、地域も学校種も異なるとは言え、仲間が全くいないかに見える教員の姿がここにある。

表面的な「仲良しクラブ」ではなく真の「仲間」と言える関係が、現在の教員集団の中にどれくらい構築されているのだろうか。孤独な教員の姿に、この点を考えさせられる。

東須磨小学校の1件でもストレスが人間関係を変質させている可能性が考えられる。筆者が言うところの「教育困難校」と考えられる前出の都立高校でも、ストレスが強固な内集団を作り、それ以外の教員を孤立させていた可能性がある。

2つの事件から、管理職や教育委員会の構成員を含む教員集団の姿が変質していることに気づかされる。今の教員集団は構成員の同質化が進み、悪い意味での「ムラ社会」化が起こっていると筆者は見る。本来、「ムラ社会」には、その集団の構成員の間に信頼感を基にした一体感があり、自然災害や他集団とのトラブルの際には協同して行動するものだ。

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しかし、現代の教員は「ムラ社会」特有の同調圧力は強く、自分たちの「集団規範」に従わない者、突出した言動をする者を許さない雰囲気はあるが、個々の構成員同士の信頼感がない。心の中で「ムラ社会」に疑問を持っていても、それを公にした際の制裁が怖くて何も行動できない。異質であることを異常に恐れる雰囲気が充満している。

2019年に耳目を集めた2つの事件は、このような今の教員集団の象徴のようだ。

この変質には、日本社会及び日本人の変質ももちろん影響しているが、それ以上に、「教育改革」と「教員改革」により進められたものと筆者は考えている。

朝比奈 なを 教育ジャーナリスト

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あさひな なを / Nao Asahina

筑波大学大学院教育研究科修了。教育学修士。公立高校の地歴・公民科教諭として約20年間勤務し、教科指導、進路指導、高大接続を研究テーマとする。早期退職後、大学非常勤講師、公立教育センターでの教育相談、高校生・保護者対象の講演等幅広い教育活動に従事。おもな著書に『置き去りにされた高校生たち』(学事出版)、『ルポ教育困難校』『教員という仕事』(ともに朝日新書)などがある。

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