「クビ寸前」から逆転した僕が学んだ信頼の本質 「また会いたくなる人」だけが持つ決定的視点
クビ寸前から年収1800万円へ。大逆転を生んだ気づき
現在私は、社会人向けセミナーや企業研修を開発・実施する教育コンテンツのプロデュース業などを行っています。その傍ら、東京大学大学院では認知心理学をベースにした「対話」に関する研究もしています。
私が「また会いたいと思われる人」と「二度と会いたくないと思われる人」の決定的な違いを発見したのは、前職の予備校講師時代でした。
予備校業界は、いわゆる人気商売です。生徒から支持を集め、自分の講義に出席する受講生が増えれば増えるほど評価も年収も上がっていきます。人気があれば、入社3年程度でも年収1000万円を超えるという世界です。
予備校講師になったばかりの私は、生徒たちから人気を得たい。自分を選んでもらいたい。会社からの評価を上げたい。お金も稼ぎたい。そう意気込んでいました。ところが、なぜかまったくうまくいきません。
入社1年目。初回講義で40人ほど出席していた生徒が、一学期の授業が終わる頃には5人になっていました。これは業界用語で「授業を切る」と言われるものです。私は生徒たちから「もう会わなくてもいいや」と思われたのです。
駿台予備学校に勤務して3年目を迎える時点で、夏期講習や冬期講習という季節講習会での私の講座の売り上げは年間で80万円ほど。完全に赤字の不人気講師です。
しかも、予備校講師は通常1年間の契約で、生徒の支持もなく、業績が振るわない場合、即契約解除になってしまうこともある実力社会。駿台は、業界の中では比較的、講師に対して長い目で見てくれる組織ではありましたが、丸2年、結果を出せていない私は瀬戸際に追い込まれました。
結果を先に明かしてしまうと、私は悪戦苦闘を繰り返しながらも、どうにか売り上げを伸ばしていきました。最終的に、駿台予備学校を退職する10年目には私の年収は1800万円ほどまで上がっていたのです。また、大学受験の化学を教える予備校講師の中で、季節講習会の受講者数が年間でのべ5000人となり、当時の業界トップの数字を出すに至りました。
クビ寸前まで追い込まれていた私が、ここまで持ち直すことができたのは、まさに、話し方を徹底的に磨き上げ、生徒たちから「また会いたい」と思ってもらえる「ある話し方」を身につけたからです。
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