享年35歳の筋ジス患者が親指2本で遺した足跡 1998年逝去、4代にわたって今もサイトは現存

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2000年からネットに在り続ける「轟木敏秀のホームページ」と『光彩』(筆者撮影)
故人が残したブログやSNSページ。生前に残された最後の投稿に遺族や知人、ファンが“墓参り”して何年も追悼する。なかには数万件のコメントが書き込まれている例もある。ただ、残された側からすると、故人のサイトは戸惑いの対象になることもある。
故人のサイトとどう向き合うのが正解なのか? 簡単には答えが出せない問題だが、先人の事例から何かをつかむことはできるだろう。具体的な事例を紹介しながら追っていく連載の第5回。

20世紀に病棟で綴ったメッセージ

寝たきりで24時間人工呼吸器を使用し,寝たきりの生活を送っています.現在の病院にきて早、23年、ほとんど我が家のような病室です。
(略)
性格は,いたって単純で、見たがりの知りたがりの新しもの好き,怖いもの知らず,とかく好奇心旺盛で,ありとあらゆるものに興味を持っています.特に女性には(笑)
もちろん今このホームページを見ている貴方のことも、そして生命を持つもの全ての愛を感じとりたい者です.
(「私という人間」より)

「轟木敏秀のホームページ」というサイトがある。全身に深刻な筋力低下を引き起こす筋ジストロフィー(デュシェンヌ型=D型)を幼い頃から患っている轟木敏秀(とどろき・としひで)さんが立ち上げた個人サイトだ。

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上記の文章を書いた頃の轟木さんは病が進行し、両手の親指をかすかに動かせるほどの状況だった。自力で呼吸する筋力はすでになく、気管を切開してつなげた人工呼吸器で換気(ガス交換)を維持。もちろん自力で寝返りを打つこともできない。それでも介助を受けながら1日2時間パソコンを操作してサイトを更新したり、雑誌や新聞を読んでメールで感想を送ったりした。この文章から1年近く経った1998年8月に35年と7カ月強の生涯を閉じるまで。

元サイトはすでに消失しているが、自叙伝『光彩』の復刻版を加えたミラーサイト(※)は現在もアクセスできる。

現存する「轟木敏秀のホームページ」のトップページ

これはとてつもなく希少な結果だ。その理由は轟木さんの人生とその後を追いかけると見えてくる。

※パソコンで閲覧すると、音楽ファイル(afternoon.mid)が自動でダウンロードされる場合がある。ページにBGMを仕込んだ当時のサイトを開くとよく発生する現象なので基本的に無害だが、気になる人はミラーサイトではなく、装飾を省いたサブページへのアクセスを推奨したい。

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