体外式人工呼吸器を使ってどうにか生活の質を保つようにするが、普通の食事も困難になっていく。これまで何気なく食べていた、ほうれん草やもやし、ピーナッツは喉に詰まるのが怖くなった。徐々に指が曲がってきて、キーボードも打ちづらくなっていった。最初はサインペンを握って届かないキーを打っていたが、やがてそれも不可能になる。
マウス操作は何とかできたが、文章入力は口述筆記で協力者に代行してもらうしかなくなった。人に聞かれるとなると、どうしても表現の幅が狭まってしまう。胸の内を外に出すことがかなわなくなる。それはつまり、自分が社会から遠い存在になっていくことを示していた。そうして心身ともに不可能なことばかりで塞がっていった先には、ごく自然な姿で「死」が立っている。
『月刊アスキー』を眺めていて「KB(キーボード)マウス」なる入力機器の記事が目に飛び込んできたのは、そんな鬱々とした時期のことだった。
KBマウスは頸部の脊髄を損傷して首から下が動かせない人のために開発されたタブレット型の入力装置で、口に咥(くわ)えたスティックで文字盤を指し、スティックに息を吹くことで文字盤の文字がパソコンに入力される仕組みだという。
これなら自分も使えるかもしれない。衝動に駆られて編集部に連絡し、開発担当者とつないでもらった。
「暗かった空が夜明けと共に明るさを取り戻して」
開発したのはリハビリテーションテクノロジーの草分けと知られる畠山卓朗さん。当時の勤務先である横浜市総合リハビリテーションセンターから南九州病院に3度足を運び、轟木さんの要望をヒアリングした。口に咥えたり息を吹いたりするのではなく両手の親指で操作したい。手指の筋力が弱いため、スティックの長さをそのままに大幅に軽くしてもらいたい、などなど。
やがて長さ30センチメートルで重さ5グラムの入力装置が完成した。右手で握ったスティックの先端で文字盤を指し示し、左手の親指でスイッチを押すと望む文字が入力できる。これなら口述筆記は必要ない。再び社会の扉が開く思いがした。
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