米大統領選、なぜ「高齢者候補」が好まれるのか 大統領は「キング」であり、選挙は「内戦」である

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いずれアメリカにおける「社会主義(socialism)」という言葉の意味内容が正確に分析されるようになると思われますが、それは先ほど申し上げたように「変な使われ方」あるいは「アメリカ的な意味」であろうと推測されます。これはアメリカ思想史を概観すると珍しいことではなくて、例えば、「保守とリベラル」というのもヨーロッパ政治思想史の文脈から見ればかなり変な使われ方で、これもアメリカで大きく意味もニュアンスも変わっています。

今のトランプ政権および現在のアメリカの熾烈な格差を見ますと、ひょっとしたらソーシャリズム(社会主義)、コミュニズム(共産主義)が、今回の大統領選挙という「内戦」をきっかけに、アメリカの文脈でまったく違う意味で使われるようになる日が来るかもしれません。私が定年退職する頃には、若手研究者はアメリカ産のソーシャリズム(社会主義)、コミュニズム(共産主義)をスタンダードなものと考えるようになっているかもしれません。

佐々木:政治史の観点から、アメリカ大統領選を見るポイントを挙げるとすれば、どのようなところでしょうか。

石川:大統領選挙を歴史的に考察する際に、いくつか論点があると思います。1つが、やはり1828年の大統領選挙以降の大統領を、われわれが今日大統領選挙を考えるときに参照すべきだろうということです。

大統領はキングであり、セルフ・メイド・マン

初代大統領から第6代大統領までは、エスタブリッシュメントの巨人たちの時代でしたが、やはり特殊な人たちでした。1829年のジャクソンからは、ずっと民衆の大統領なんですね。ですから、「基本的に反エスタブリッシュメントではない大統領はいない」と考えるべきです。大統領はつねに反エスタブリッシュメントであり、鼻持ちならない連邦議会と官僚たちをたたき潰しにいく“キング”なのです。古来より、国王の敵は貴族であり、庶民は国王の友でした。換言すれば、貴族は国王と庶民の共通の敵なのです。格差社会とは何かといえば、貴族が統治する社会のことです。

それから、ジャクソンとリンカンの共通点と相違点に注目しなければなりません。トランプ大統領が誕生したときに「反知性主義」という言葉がはやりました。そのときに、歴史的な類比として、アンドリュー・ジャクソンがよく引き合いに出されています。

そして、教育を受けた形跡のない大統領としてジャクソンとリンカンはよく取り上げられるのですが、私の授業のなかで学生から「じゃあ、先生、リンカンってポピュリストだったんですか?」と質問され、衝撃を受けました。返答に窮したのです。2人はまったくタイプが違うんですね。リンカンというのはとにかく自学自習した人で、ジャクソンはどうやら読み書きすらおぼつかなかったようですし、リンカンは奴隷制度を廃した人でしたが、ジャクソンは大プランターでした。

ただ、両者の共通点としては「セルフ・メイド・マン」、つまり、なんらかの制度あるいは血縁によらず地位を築いた人なのです。ジャクソンは明らかですね、リンカンもそうです。

余談ですが、村上春樹が「僕は僕だけの力で僕になった」という言葉をかつて使ったことがあります。そんな彼に対して「お世話になった編集者の方もいただろうしそのようなことを言うのはよくない」と思う人もいたようなのですが、村上春樹はアメリカが大好きなんですよね。セルフ・メイド・マンという言葉を、彼は絶対に意識しているんだと思います。

もちろん、村上春樹だって、誰かしらのお世話にはなっているんですけれども、彼の心意気としては、早稲田大学の世話にも文壇の世話にもなったつもりはなく、自分自身で切り開いてきたんだ、ということなんだろうと思います。セルフ・メイド・マンというのは、アメリカで1番人気のあるアメリカン・ドリームの姿なのです。

大統領になろうと思ったら、セルフ・メイド・マンだと思われなければならないという「鋳型」を作ったという点でジャクソンとリンカンは共通しています。しかし、もちろん違いは大きく、ジャクソンは「俺たち」のジャクソンでしたが、リンカンは老練な政党政治家でした。そしてジャクソンは先住民を虐殺するように、建国期の政治文化を破壊しましたが、リンカンは、連邦軍を使って南部諸州の政治文化を破壊しました。ジャクソンは白人住民の現実によりそい、リンカンはユニオンの理念を原則としていました。今後のアメリカ大統領候補は大きくどちらの側に分類されるかを見ると面白いと思います。

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