石川:さらに、これは重要なことなのですが、「強固な属性および特定のイシューでは大統領になれない」ということです。例えば黒人指導者のカリスマは、実はアメリカ史上たくさんいました。しかし大統領にはなれません。
同様に、女性の権利を主張した人もたくさんいましたが、運動家止まりです。それから、信教の自由や、非常に世俗性を強調している人も、大統領にはなれません。逆に、宗教に熱心すぎても難しいのですね。ブッシュ(Jr)が「私はイエス・キリストをリスペクトしている」と言ったのは象徴的で、この距離感もアメリカならではのものです。ヨーロッパでは、キリストは絶対的な存在であって「リスペクトする/しない」の対象ではありえない。つまり、チェンジリーダーとしての大統領というのは、基本的にマージナル(周辺的)なところから出てくるのです。
“色のついた”人物は勝てない
佐々木:マージナル(周辺的)ですか。もう少し解説をお願いします。
石川:マージナル(周辺的)というのは、つまり「明確な主張の中心から出てくるのではない」ということなんですね。例えばオバマは、黒人だから大統領になったのではないのです。「黒人性」をある時期からとことん消していました。政治経歴に非常に特殊な偏りがある、例えば「あの人といえば○○だよね」といわれる“色のついた”人物は、全国規模の選挙では勝つことが難しい。
とくに小選挙区では勝てないので、リンカンですらも「奴隷制廃止」とは言わなかったのです。ずっと「ユニオンの維持」と言っていました。専門家が彼の書いたものを読んでいると、当初から奴隷制の廃止を考えているとわかるのですが、彼自身は明言しない。このように、非常にマージナルな存在だという演出をして出てくるのです。明確な主張や政治信条を打ち出す候補は予備選挙のどこかの段階で急減速するのです。
これが、大統領選挙の予測を非常に難しくさせているところで、ヨーロッパの選挙であれば、「これは!」という人なんです。それゆえヨーロッパはある意味、柔軟で、例えばイギリスの保守党からサッチャーのように女性の首相が出たり、フランスのように強固な官僚制でエリート支配の国だと30代の若手の女性の大臣が出ます。
アメリカで大統領になるには、概して60代になる必要があります。オバマや、クリントン、ケネディ、古くはセオドア・ローズヴェルトは若かったので平均年齢をぐっと引き下げていますが、名望家支配でもエリート支配でもない“本当の民主主義”の国で大統領になるためには極端に目立ってはいけなくて、長い政治経歴が必要で、多くの大統領候補者はそれ相応の年齢となります。また大統領としては、若者は信用できないのです。急に知的に衰えるかもしれないし、キャラクターが定まらない。その点、年配者は生命力は折り紙つきでキャラクターも急変しないので安心して甘えられるのです。
アメリカのデモクラシーの文脈では、明瞭な特質を持っている人、明瞭な政治的主張の中心にいる人は大統領になりがたく、マージナルなところから票を積み上げていった人が大統領になりやすい、そのような基調がある、といえるでしょう。大統領はみんなの大統領でなければならないのです。ただしこの「みんな」が、小選挙区制度の場合、多くの「あいつら」を作り出すことになる。