数年前(2018年)にシアトルのアマゾン本社を訪れた。本社といってもアップルのように整然としたキャンパスがあるわけではない。どれが本社のビルなのかさえわからない。会社というよりも自然発生的な村みたいな感じで、狭い街中に無計画に(ではないのかもしれないが)ビルを建ててオフィスにしている。なんとも猥雑な熱気にあふれている。
バイオスフィアと呼ばれる3つのガラスドームからなる温室のような建物は、アマゾンの密林を意識したのかどうか知らないが、テーマパークの施設みたいで遊び心や余裕を感じさせる。
ドッグランで犬を遊ばせている人たちの服装はみんなカジュアルで、ネクタイにスーツ姿の人などは見かけない。7月だったこともあり、ジーンズにTシャツという人が多かった。靴はスニーカーやサンダルが主流である。首からぶら下げているIDカードに目を止めなければアマゾンの社員かどうかわからない。ぼくのように物見遊山の観光客がうろうろしていても違和感がない。
一方、アップルのほうには遊び心など皆無、キャンパス全体が四角四面で面白みがない。アップル・ストアで買い物をしている人までが余裕がなく見える。「商品をチェックして必要なモノを買ったら、さっさとバスに戻って次の目的地へ出発」という感じである。
マイクロソフト本社が意外にも快適だった
ジョブズのライバルと目されたビル・ゲイツのマイクロソフト本社は、アマゾンと同じくシアトルのレドモンドにある。どことなく面白みのない印象のあるゲイツだが、彼の会社はなかなか快適だった。
少なくともアップルよりはずっとカジュアルで、学生集めのためにキャンパスをおしゃれに改造している地方の私立大学といった趣だ。会社のなかにバイクショップがあり、社員は自転車でキャンパス内の建物を移動している。頭にターバンを巻いたインド人の社員などともすれ違う。寛容性が高くて多様性に富んでいる。そうした働きやすい環境をつくることで、世界中から優秀なエンジニアを集めているのだろう。
面白いものだと思う。禅や瞑想、スピリチュアリティへの傾倒、マリファナやLSDをやりながらディランやバッハを聴く長髪の青年。ちょっと変わり者の青年が、同じスティーブという名前の天才的な電気少年と自宅のガレージではじめた会社が、いまや巨大なIT企業となっている。その本拠地に、ぼくはビジネスライクな居心地の悪さしか感じなかった。